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気候の真実。温暖化や寒冷化ではない近未来 [太陽活動低下問題]

現在アクセスして頂いた記事は、さっそくよりよくリライトされています。
https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2018-08-22-chikyuu-kanreika-matome
↑↑↑
こちらをどうぞ。

以下は1週間ほど古い見解になります。たった1週間ですが、より理解が進んだので
上記リンク記事のほうが分かりやすいはずです。
以下はせっかく編集したのでこのまま残しておきます。

────────────────────────────

※我々の公開する情報は常にカイゼンします。最新の解釈を追記修正していきます。

※08.19少々情報整理。よりよくなったと思います。

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はじめまして。もぐらのもぐインターネット絵本作者の『さくしゃ』です。
もぐらのもぐに登場する『ぱぱもぐ』は教授をしております。
そして『かえるさん』は博士をしております。
この3人で、太陽活動と気候に関する研究をしていて、とても大きな発見をしたので報告します。


今回プレゼンテーションの3大ポイント

その1
太陽の磁力は、地球の偏西風に影響を与えている。

その2
太陽の磁力には時計で計ったかのような120年単位の活動が起こっている。
その太陽磁力の120年単位の活動に連動した『偏西風120年の運行スケジュール』が存在する。

その3
それが永遠に続くのか分からないが、少なくとも西暦1780年以降は、ほぼ120年ジャストの法則単位で太陽磁力と偏西風が連動していた。すると・・・・例えば日本の東北地方の冷夏群が120年間隔で時計で計ったかのように再来していた。

★具体例1
天明の飢饉の冷夏群:西暦1782年~西暦1788年
↓↓↓
120年後
↓↓↓
明治期の冷夏群  :西暦1902年~西暦1908年

★具体例2
天保の飢饉の冷夏群:西暦1832年~西暦1838年
↓↓↓
120年後
↓↓↓
昭和期の冷夏群  :西暦1953年~西暦1959年


以上、『その1~そ3』までの3点について誰の目から見ても明らかな客観的データがありますので、それを基にプレゼンテーションを進行していきます。

本日は最大限分かりやすくこれらの事を皆さんにご報告させて頂きます。
分かりやすくする為に、箇条書きのように最大限短く編集する事は出来ません。
分かりやすいぶん、少々ゆっくりな展開になっている事を先にお詫び申しあげます。


メインプレゼンテーターは『ぱぱもぐ』です。
papamogu.jpg

補足担当は『かえるさん』です。
kaerusan.jpg

『さくしゃ』は、今回のプレゼンテーションの途中で登場します。

それじゃあ、さっそくいきましょう。



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この記事の公開日2018-08-10 09:40:56
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dai-ni-zu-2018-08-22-ver01.jpg

では、『ぱぱもぐ』教授と『かえるさん』博士にお任せします。

papamogu.jpg
『ぱぱもぐ』
みなさんよろしくお願いします。それでは『かえるさん』、補足をお願いします。

kaerusan.jpg
『かえるさん』
みなさんよろしくケロ。



第1章・太陽活動の変動と地球の気候変動は相関があるという事実

papamogu.jpg
『ぱぱもぐ』

ではさっそく・・・・黒点から解説します。

sun-spot-image.jpg
↑↑↑太陽の表面には黒点(こくてん)が現れます。
fig1_sunspot-thumb-400xauto-3036.png
観測衛星「ひので」による典型的な黒点画像。(C)国立天文台/JAXA



西暦1600年頃から人類は観測してきております。一か月間に何個観測できたか?月別の平均値をグラフにすると・・・・

1780-2020-scale-01.jpg
↑↑↑こんな推移を示してきております。日本の江戸時代、明治時代、大正時代、昭和時代、平成時代の太陽活動の様子です。上がったり下がったりしています。
 注意ポイントは、黒点が増えたり減ったりしても太陽光線の変動は0.1%以下(常田教授・宮原ひろ子教授)との事なので、太陽光線が強まったり弱まったりして気候が大きく変動しているという事実は確認されていません。では何が大きく変わるのか?というと『太陽の磁力』だと判明しております。


1780-2020-yajirushi.jpg
 さて。日本の気候変動が時計で計ったかのように120年単位で繰り返してきていた事実についての解説に入ります。
↑↑↑このグラフは江戸時代の西暦1780年~明治時代の西暦1900年を切り出したものです。すなわち120年間の太陽黒点観測グラフを抜き出しました。

このグラフに・・・・・


1780-1900-kikouhendou-01.jpg
↑↑↑江戸時代の西暦1780年から、明治時代となる西暦1900年の間に東北地方において冷夏が続いて凶作や大凶作が続いた時期を青色でぬりつぶしています。干ばつ期は赤色でぬりつぶしています。

 その青色で塗りつぶしたところで、天明の飢饉や天保の飢饉という、日本の人口が目に見えて減るほど餓死者や病死者が現れた大飢饉が起こっています。その飢饉は冷夏群が起こっていたという事です。

 なお、今回は主には東北地方の気候に注目します。その天明の飢饉、天保の飢饉は東北地方の餓死者が特に多かったのです。飢饉の後に東北地方を訪れた旅行者の日記には「道沿いや傾いた家の中には白骨が散乱していた。都で聞いていた以上の惨状だった:青森県公式サイト内コンテンツより」などと残っており、いわゆる人肉食で過酷な状況を乗り越えた記録なども残っております。その、東北地方でこそ被害が大きかった飢饉の原因は『やませ』という東北地方や東日本の冷夏の原因となる自然現象が絡んでいた事は定説です。ですから、その青く塗りつぶしているところは『やませ』が発生し連発していた期間でもあるのです。『やませ』発生のグラフとも言えるでしょう。
 江戸時代の大きな飢饉は地球寒冷化によって大きな飢饉が発生していたとの解説が散見されますが、史実から調査すれば『やませ』が原因だったと断言できます。さすがにそのような解説は荒唐無稽だと思います。文献などを読み漁ればそこには地球寒冷化なる事実は残っておりません。
 という訳で『やませ』に注目して進めます。


1780-2020-daikyourei-01.jpg
↑↑↑そしてこちらは・・・・・さきほどのグラフの下に、西暦1900年~現代までの太陽活動のグラフを挿し入れました。
 例えば天明の飢饉の原因となった『やませ』が続発する冷夏群が時計で計ったかのように120年後にまた起きているのです。天明の飢饉は西暦1782年~1788年。その120年後である明治時代の西暦1902年~1908年に同じような『やませ』が続発する冷夏群が再来しています。

では、天明の飢饉と明治期に再来した天明系東北冷夏群の拡大図を
tenmei-1780-cycle4-ver03.jpg
↑↑↑こちらが西暦1782年~西暦1788年の様子

tenmei-1900-cycle4-ver03.jpg
↑↑↑こちらが西暦1902年~西暦1908年の明治に再来した天明系東北冷夏群の拡大図

谷底と山のピークの位置が少々異なりますがそれには理由があります。この場面で話すと複雑化するのでとりあえず理由はあるという事で先へ進みましょう。その冷夏群の中に一年ほど盛夏を挟みその年は豊作なるという特徴があります。

 この天明系東北冷夏群の他に・・・120年周期の前半60年では文化年間の冷夏群、天保時代の冷夏群があります。後半60年の享保の干ばつ期も同じように時計で計ったかのように120年後に再来しているという事を正村史朗氏、そして我々もぐらのもぐチームも突き止めたのです。そしてこんな不思議な事が少なくとも西暦1700年代の途中から確認されるのです。※天保系東北冷夏群の拡大図も制作予定。着々と制作し追記していきます。

 昭和末期と平成初期の冷夏も『120年間隔で再来していた事』だったのです。文字情報のみで申し訳ございません(追って図版化)。
◆延享系冷夏、寛延系干ばつ冷夏群
西暦1746年~西暦1749年
↓120年後
西暦1866年~西暦1869年
↓120年後
西暦1986年~西暦1989年

◆宝暦系冷夏干ばつ期 前半&後半
前半:西暦1753年~西暦1754年 後半:西暦1757年~西暦1758年
↓120年後
前半:西暦1873年~西暦1874年 後半:西暦1877年~西暦1878年
↓120年後
前半:西暦1993年~西暦1994年 後半:西暦1997年~西暦1998年

※西暦1993年の『やませ』はかなり深刻化し平成の米騒動なる社会的事件がありました。コメ不足から緊急輸入があった年として有名です。それは『宝暦系冷夏干ばつ期・前半』の再来だったという事になります。






────衝撃的な事実です。





調査中の期間がありますが、ここまでは把握できました。天保の120年前は調査中です。もしかすると西暦1730年までは法則が少し崩れている可能性?(マウンダー無黒点期間という極端な太陽活動時代が西暦1715まで続いていた・その直後ではある)最も遡れても黒点観測の歴史は西暦1600年からです。しかも1600年代となるとなおさらのこと気象に関する記録が断片的になってしまいます。

120year-scale-03.jpg


それでは『やませ』について理解を深めましょう。

『かえるさん』にバトンタッチします。


kaerusan.jpg
『かえるさん』
日本の『やませ』の発生メカニズムはこう理解されているケロ。偏西風が蛇行して、オホーツク海高気圧が元気に張り出してきて『やませ』という冷たい湿った風を長期間に渡り吹かせ続けてくるケロ。『やませ』とはその冷たく湿った風の事ケロ。気温が下がってイネ科の植物はこれを嫌うケロ。

yamase.jpg
※版権元不明な画像。秀逸なので先行でお借りします。
↑↑↑120年単位の太陽活動の変動があり、前半の60年のうちの、あるサイクルの極小期付近でこの偏西風の蛇行が極端に起きていたという事ケロ。

kyokushouki-dakou-01.jpg
↑↑↑そしてこちらは1780年付近の極小期の拡大ケロ。このタイミングで太陽の磁力がこんな風に変動すると太陽の磁力の変化により偏西風が蛇行しているはず。という事ケロ。ただし全てのサイクルの極小期で起こる訳ではないケロ。その理由を解説しようとなると膨大になるので今回は見送りケロ。
(太陽活動研究の経験がある方には以降で紹介する『第1図』および『第2図』を見れば分かるケロ)



IMG_0151.JPG
※出典元:サンケイ
↑↑↑太陽活動が変動するある時期に、偏西風が蛇行してオホーツク海高気圧が張り出す。すると日本付近でこんな事が起きて『やませ』が長期間に渡り吹きつけ、時には大凶作、大飢饉になっていたケロ。
 この『やませ』は、ある時ふらっと発生する訳ではなく、太陽活動の変動に呼応するように偏西風が蛇行し、オホーツク海高気圧が発達して起こっているのだから、『やませ』は太陽活動と連動して発生していると考えたほうが、この問題を合理的に理解できるケロ。過去の記録を見れば分かるけど法則に沿っているケロ。ある『120年単位』の前半60年の中の、ある太陽活動サイクルの極小期が絡んでいるケロ。後半にも『やませ』は発生するけれど前半60年の東北冷夏群ほどの凄まじい連発は起きないケロ。逆に言えばこの事実に目を伏せると、CO2が増えたから『やませ』が起きているなどと訳のわからない説明をするしか無くなくケロ。


要するに・・・・・・
kaerusan.jpg
『かえるさん』

 地球の気候において、『偏西風』はボスみたいなものケロ。一番影響力があるケロ。北斗の拳でいえば『ラオウ』ケロ。台風でも逆らえないケロ。台風なんて偏西風の強さに比較すればザコケロ。睨んだだけで追い返せるレベルケロ。なので気候のその他要素は『偏西風さま』のご機嫌を伺いなら活動してるケロ。『偏西風さま』が蛇行するとなればその他要素は従わねばならず気候の方向性を決めるボスだって事ケロ。
 『偏西風さま』は誰も逆らえない絶対的な影響と自由意志を持っており、『偏西風さま』が好き勝手に移動して冷夏を起こさせたり、様々な悪さをして周っているというのがこれまでの理解だったケロ。

 ところが・・・・『偏西風さま』は・・・・・なんと!太陽さまに首根っこをつかまれていた!という事に気付いたという事ケロ。偉そうに好き勝手に行動していたと思っていた『偏西風さま』にはさらにボスがいたという事ケロ。そしてその真のボスとは太陽だったという事ケロ。
 磁力という『太陽の手※イメージ・実際のメカニズムは不明』により『偏西風さま』は首根っこをつかまえられていた。しかも太陽さまに絶対的な支配権があり大変厳しい管理をされており太陽さまの体内時計である120年単位の法則で規則正しく動かされていたという事がおぼろげながらに見えてきた、というだけの事ケロ。しかもその120年単位の体内時計スケジュールは使いまわされており毎回再企画されていないかもケロ。太陽さまはリピート(繰返し)好きケロ。

 太陽の変動は黒点の数を一つの目安にしているけど、それはあくまでも太陽で起きている二次的とか三次的とか四次的な現象ケロ。実際にはもっと『本質的な何か(体内時計)』があり、その『本質的な何か(体内時計)』は120年単位でキッチリ活動しており、そのキッチリスケジュールで『偏西風さま』が首根っこを押さえられてると思うケロ。黒点に首根っこを掴まれている訳ではないケロ。そこ注意ケロ。
 『太陽の本質的な何か(体内時計)』が、120年周期で変動しており、するとそれはおのずと『偏西風さま』の120年のスケジュールとなり、地球の気候のおおよそのスケジュールも『偏西風さま』に合わせて変動していた・・・・・という事ケロ。ちゃんとそれぞれが『上の者』の意向に沿っていたという事ケロ。

 『太陽活動と偏西風は連動している』一言で聞くと「へ~!なにそれすごいの?」と思ってしまうかもだけど、教科書の関連記述や関連書籍が書き換えになるという大ビックリな事実といえるケロ。

 実は単純な話なんだケロ。『偏西風』は自由意思を持った存在ではなく、電車のように運行スケジュールが存在していたという事ケロ。
 その運行スケジュールの約300年分が確認されており、その期間の運行スケジュールは120年単位で、そのスケジュールが使いまわされていた事が確認されたという事ケロ。
 それが今後どのように変化するか分からないけれども、少なくとも運行スケジュールが存在する事が分かっただけでも、その事実から様々な事が考えられるようになるケロ。

 『偏西風』がもしも今後も近世に確認された運行スケジュール通り(120年単位・その使いまわし)に運行されれば、オホーツク海高気圧の発達や、冷たい湿った風が東北地方に吹き続けるスケジュールも、東北地方が冷夏になるスケジュールも決まっているという事になるという事ケロ。
1780-2020-daikyourei-01.jpg
↑↑↑さきほどのこちらの図は『偏西風蛇行運行スケジュール120年分×2回』という理解でもOKケロ。

 ただし地球の気候は偏西風の影響だけではないし、太陽はデジタル制御された存在ではないので年代により変動のバラつきがあるので、偏西風のおおよその運行スケジュールは存在するけど、各120年単位の気候の内容には多少の差異があるのだろうとは常識的な範囲で察する事ができるケロ。
 冷夏が続く事は厄介な事だけどそれは異常な事ではなくあくまでも運行スケジュール通りに起こる事であり、仕方がないという諦念(ていねん・あきらめのきもち)を持つしかないケロ。

 今回の記事は東北地方に焦点を合わせて理解し易くしているけれども、世界各地においても偏西風から起因する様々な事に120年単位の運行スケジュールが存在すると思うケロ。しかしそこに踏み込むと大変な情報量になってしまうので今回はとにかく東北地方に絞って進めるケロ。

★参考:太陽活動が地球の気候に影響を及ぼしていると思われる具体例
※太陽面爆発があると帯電微粒子が地球に達する四日くらい後に地中海周辺の雷雨の頻度が極大になる
※太陽面爆発があると三日後に太平洋東部で気圧の谷が深まるなどが確認されている
※帯電微粒子の電磁作用による地球の気候への影響が注目され始めている
 1977年・正村史朗氏解説より


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『かえるさん』

もうちょっと続けるケロ。

1700y-yamase-tensai-draft02.jpg
↑↑↑参考にこちらの制作途中で止まっている図を紹介するケロ。
ベルギー王立天文台の黒点観測数グラフに『やませ』などの記録を記入していったケロ。そしてこの図を眺めていれば120年周期に気付かない訳がないケロ。もぐらのもぐ研究チームがこの図を制作している途中に、『やませ』が深刻化するケースは必ず『極小期』が絡んでいる事に気づいたケロ。発表しているケロ。

 もぐらのもぐ太陽活動気候変動研究チーム(以降、もぐらのもぐチーム)は、太陽活動と気候変動の関係を研究中に『やませ』に注目し始めていた事はこの『公式ぶろぐ』の読者さんは見守ってきてくれていた事実ケロ。
 どう考えても『やませ』は太陽黒点の観測数と何かしらの関係があると思わざるを得ないと確信し、とことん突き詰めていたら法則に気付き、検索して同意見の人を探したら・・・・西暦1950年代にこの件についてかなり迫っていた研究者さんがいて、論文を発表していた事が分かったケロ。それが正村史朗氏であり、やはり太陽活動と『やませ』をセットにして研究していた方だったケロ。
 正村史朗氏は東北地方の農家さんの為に『やませ』の長期予測を真剣に考えていたら法則に気付いたと論文で語っているケロ。もぐらのもぐチームは世界中のチビッ子の未来の為に『地球寒冷化って本当か?』と研究開始し『やませ』に注目し始め、正村史朗氏とほぼ同じ景色を見始めて、今こうして時を越えてタッグを組んでこの事実の解明に迫っているケロ。

正村史朗氏ともぐらのもぐチームが見た景色。いくかの同じゲートを越えているケロ。今数えると九つほどのゲートがあり順番通りに進んでくると今回の発見に辿りつくケロ。

 ちなみにこれまでも『やませ』と太陽活動を疑う声があがる事が度々あったケロ。しかしみんな途中で研究を諦めてしまっていたケロ。諦めが悪かったのが正村史朗氏ともぐらのもぐチームだったという事であり、その諦めの悪さが、太陽磁力が偏西風を蛇行させている事実まで辿り着かせたという事ケロ。

少なくとも・・・・こうは言えるケロ。
東北地方にて飢饉が多く深刻化していた事実・・・・・それは・・・・
太陽磁力の変動を圧倒的に受け易い気候に絡んでいるのが東北地方だったから、と言えるケロ。
この気付きは日本人だからこその気づきとも言えるケロ。世界の中においてもこんなに圧倒的に影響を受ける地域は他に無いかもしれないケロ。



第2章・正村史朗氏の論文・当時の読売新聞より

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『ぱぱもぐ』

 正村史朗氏は、地球の気候変動に時計で計ったかのような120年単位の法則がある事を発見していました。そして西暦1950年頃から発表し続けています。読売新聞、中部新聞に取材されていた事もありました。
 正村史朗氏はインターネット時代以前に活動されていた方なのでネット上にはほとんど情報がありません。やっと得た情報は西暦1927年生まれとの事。もしもご存命であれば91歳前後のはず。地震の長期予測に関する書籍を出版されているようです。

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・読売新聞:西暦1954年昭和29年6月15日号
・中部日本新聞:西暦1955年昭和30年8月21日号

中部日本新聞においては太陽活動度グラフまで誌面に掲載されています。誌面を大きく割いての報道があったのです。
 もちろん両紙とも、東スポ新聞のようなメディアではありません。取材者もその上司も内容をよく確認し「社会にとって報道する意義と価値がある」と判断し掲載された事でしょう。
 ですから今回の発表の骨子となる部分は全国に報道された過去がある完全なる新説発表ではありません。我々もぐらのもぐチームが公開するまではこの件に関しての情報はグーグル検索では1件もヒットなかった事はむしろなぜなのかと思います。

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正村史朗(まさむらしろう)西暦1927年名古屋生まれ・名古屋市南図書館館長など
 東北地方は西暦1931年、西暦1934年、西暦1935年(昭和6年、9年、10年)に冷夏などにより大凶作となり農家さんは娘さんを花街などに売りました。その事実に大変胸を痛めたのが正村史朗氏。西暦1927年生まれの正村史朗氏は幼少の頃に発生したそんな社会的事件を二度と起こさせまいと冷夏の予測が出来ないか?立ち上がったと論文冒頭で述懐しています。
 そして西暦1931年付近の凶作は『文化系東北冷夏群』の再来であった事などを突きとめました。戦後の高度成長社会を迎えた事、黒点観測数が高く推移した事、冷夏が少ない120年周期の後半60年に突入した事もあり、経済にとって都合のよい気候が続いた事もあり、正村史朗氏の発見は時代の空気には合わず忘れ去られたという側面もあったでしょう。


『さくしゃ』
 正村史朗氏は発見した気候の法則を利用して気候変動の予測を行おうと研究されていたようです。ただし・・・・正村史朗氏の論文は雑然としている事、理路整然と編集する事が苦手だったようで、それゆえかなり読みづらく、もしも大きな報道が去ってしまったら・・・・多くの人の心から離れていってしまうでしょう。そうしていつの間にか社会の人々から忘れ去られてしまったようです。閃きや鋭さは素晴らしい方です。しかし『伝える能力』の開発に力を注いでいなかったのでしょう・・・。これほどの壮大な発見です。並はずれた様々な事も持ち併せていないと世間に定着させる事は難しいでしょう。
 荒原稿というような状態でまとめられておりました。末尾に原本リンクを公開しておりますが、これからの人類にとって貴重なものとなるので修正版を制作中です。こう考える事としましょう。我々にとってのお師匠様である正村史朗氏と何らかのご縁があったと。時を越えてタッグを組んでお互い持っているモノを持ちよりこの研究が完成すると・・・・・


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『ぱぱもぐ』

研究に関する格言です。

「研究職とは発見までが業務領域ではない。多くの人の心に届け社会の中に根付かせるまでが業務領域である」

ある組織にて代々伝わる格言です。この話はまた別の機会に。

 私達もぐらのもぐチームは、太陽活動の変動と『やませ』の研究の最中に気候変動には120年単位の法則がある事に気付きましたが、『やませ』発生年を黒点観測数グラフに記入していけば誰もがおのずと気づくことでしょう。そんな地道な作業を正村史朗氏が過去に行っていた。そして我々も数十年が過ぎた2018年になり開始し同じ気づきに達したのです。


『さくしゃ』
 その格言で振り返ると・・・・正村史朗氏は自分の研究を社会通念と認識されるまで広報活動を独自に続けるべきだったのだと思われます。しかし正村史朗氏が人生のピークを迎えていた頃はインターネットという人類にとっての革命が起こる以前の事。インターネットが発達し始めた時のご年齢は70歳頃。地震予知に関する著作の中でも新聞の紙面を紹介しており、新聞紙に掲載されたからもういいか。そんな心境にあったのかもしれません・・・・。もったいない・・・・。
 しかし・・・・これもご縁。正村史朗氏が人類で初めて発見したこの事実は今後の人類にとって大変価値ある発見です。そこは我々が引き継ぎましょう。ではさっそくと、社会通念と認識されるように分かりやすい解説は重要な戦術となると判断。それゆえもぐらのもぐチームはこのような表現でプレゼンテーションを行っております。。社会通念と認知してもらう事も自分らの責任の範囲と考えこの問題を世間に伝え続けていきます。


papamogu.jpg
『ぱぱもぐ』

さて。正村史朗氏が残した貴重な記録の中から・・・・・
 これから紹介する画像は正村史朗氏が書き起こした表をスキャンしたものです。そちらの画像の通り天明系東北冷夏群以外にも、文化系東北冷夏群、天保系東北冷夏群、享保系大干ばつ群系がそれぞれ再来しているのです。正村史朗氏曰く「時計で計ったかのように・1年のズレも稀。120年ジャストの法則」

 初めて読み込む人は衝撃を受けるかもしれません。しかし・・・これまで皆さんが習ってきた歴史上の事と整合性がありますから納得して頂けるかと思います。近世は120年サイクルの気象変動の中で歴史が続いてきているのです。
 史実の事との関連が疑われる実例を一件・・・・・天明系東北冷夏群が再来した明治時代の西暦1902年。それから西暦1908年まで東北冷夏群が続いた訳ですが、西暦1902年の1月25日に旭川にて日本の観測史上最低温度-41℃の記録を観測。そしてその日に『八甲田雪中行軍遭難事件』が起きています。さらには太陽黒点数は極小期付近です。八甲田の雪中行群は120年の中で最も決行してはならない年の冬に発生したとも言えるでしょう。天明系冷夏群は120年周期のスタート直後であり、前の120年周期後半の干ばつ傾向から冷害傾向に急激に変動する時期です。天候不順が著しい数年間となっていたでしょう・・・・・そして西暦2018年は天候不順が激しいですが、まさに次の120年周期の入り口直前ですから急激に太陽活動が変動する時期ですからそれなりに気候が不安定になっているのではと思われます。なお宮城県の災害記録によると240年前の1778年の記録は梅雨干ばつ、天候不順が続いていたとの事。確かに2018年は異常な早さの梅雨明けがありました。そして天候不順が続いております。(ベータ型太陽活動期⇒アルファ型太陽活動期へ変動中・次回以降に分かりやすく解説)

 他にもそのような関連がありそうな史実の出来事がいくつかありますが、皆さんが調べる楽しみを奪ってはいけませんので先へ進みましょう。


※現在こちらの図を、もぐらのもぐチームがデジタル化を進めています。
※アルファ、ベータという概念を造語し解説していますが、この図ではなぜかベータ、アルファの順で定義されているなどしていますが、そこは無視してください。お師匠様が残した貴重なデータを我々が完成させます。
dai-ichi-dai-ichi-hyou.jpg

※現在こちらの図を、もぐらのもぐチームがデジタル化を進めています。
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 と・・・・いう事は、今後数百年先までの地球の気候変動を予測できそうです。法則通りに推移しているのですから。

 しかも・・・・・天明系東北冷夏群の再来は・・・・西暦2022年からという事になります。

 正村史朗氏は『やませ』などの天候不順となる年を長期予測を実現する事が悲願であったと語っております。120年周期説とは数百年、数千年先までの地球の気候変動を予測できるという事でもあると断言しています。

 客観目線で見ても確かにここ240年弱は法則が確認されています。しかしそれが西暦2020年からも始まると断定して良いのか難しいところです。我々もぐらのもぐチームは自らに厳しいチームです。240年の法則確認だけでここから先ずっと続くと思い込む事は不適切です。



kaerusan.jpg
『かえるさん』

さらにこんな事実が・・・・・・・。

sun-2-4.jpg
太陽は本来、2極ケロ。数百年に一度くらい4極になる時代があるケロ。そして2012年頃から4極になっているケロ。

この事象を観測した際に国立天文台とJAXAが西暦2012年の公式会見で「370年前と170年前の黒点が減少する10年前に発生していた(と考えている)」との事ケロ。要はマウンダー無黒点期間とダルトン黒点減少期間の直前に起こっていたという話だケロ。※あらためてこの件は国立天文台に最新の見解を問い合わせ中ケロ。以降は国立天文台とJAXAが発表した過去の4極化の件は真実であったという前提で進行するケロ。そこはけっこう重要ポイントだからもしもそれが誤りであれば以降のこの件に関する以降の箇所は修正が必要となるケロ。

さてケロ。

いずれにしても・・・・さきほどの西暦1780年~2012年までは・・・実は2極時代の法則だったかもしれないケロ。

そうとなれば西暦2012年頃からの4極時代の太陽活動に連動した気候変動について人類はデータ蓄積がないケロ。

正村史朗氏が現在ご健在か把握できないケロ。もしも四極化を知ったら飛び起きて論文を執筆すると思うケロ。まさかの展開ケロ。正村史朗氏は2005年8月までご存命だった事は確認できているケロ。もぐらのもぐチームが知る限りそれが最終論文であり、後世の研究者へのメッセージや後半は予言的な内容となっているケロ。正村史朗氏は4極化を知らずにいる可能性があるケロ。

西暦2012年から4極時代の気候変動法則が始まるのか?これまで起きていた2極時代の法則と激変するのか?分かりかねるケロ。

もしかしたら120年周期の更新付近で一時的に4極化する事もありえるのかもしれないケロ。現在120年周期が更新される直前ケロ。西暦2021年から更新されるのでタイミング的には矛盾が無いどころかむしろ120年周期の更新付近でこういう事が起きているのは注目ポイントケロ。もしくは・・・・妄想的かもしれないけど前半60年は4極、後半60年は2極という事もありえるかな?と思うケロ・・・・・まさかそんな事が本当にあったら『かえるさん』はビックリして気絶するケロ。

・・・・・しかし国立天文台とJAXAという二大信頼機関の見解を正しいとして進めるケロ(4極化はマウンダーとダルトンの10年前に起こっていたという発表を前提)

という事は・・・・・・少なくとも近世において太陽磁力の変動と気候変動に120年の法則があった事は事実だけど、それが太陽磁場4極化以降どのように推移するのか?断言できない状況にあるケロ・・・・




しかし────




一つ・・・・目安になる自然現象があるケロ。



第3章・植物の竹の開花に注目

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『ぱぱもぐ』

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 『竹』は120年毎に開花し枯れて生命の更新を行っています。

『竹』にはハチク類、マダケ類がありましてそれぞれ開花時期が異なります。天明系冷夏群の時期にハチク類が開花している事、享保系大干ばつの時期にはマダケ類が開花していた事を正村史朗氏が突き止めました。

 日本各地に伝承があります。「竹の開花は凶兆」・・・・そのような伝承は大きな飢饉が起きる時期と連動していた事により広まっていたのだと推察されます。すなわち事実だったのです。
 そしてここが重要ポイントなのですが、植物の進化は数万年以上の時間が必要です。大きな天災の前に開花して生命の更新をすませるその生態は数万年以上の時間を掛けて辿りついていたのです。

国立天文台とJAXAが太陽2極から4極への変化を太陽観測衛星『ひので』で確認した時に共同会見を開いております。その席上でマウンダー無黒点期間と、ダルトン黒点減少期間の直前にも4極化が起きていとの発表をしております。(現在あらためてその発表について『ひので』広報チームに問い合わせ中)

 という事は・・・・・太陽が2極構造から4極構造になる事はすでに人類は近世でも確認済みですからおそらくは120年という太陽活動の法則とそれに連動した気候の変動が激変し、超温暖化や超寒冷化のような事が起きて人類が滅亡するなどという極端な事がありえないだろうと推察されます。
 ※もぐらのもぐチームとしてはダルトン黒点減少期の4極化は起きていないのでは?と考えています。マウンダー無黒点期間はありえるかもしれません。我々の研究目線からの考えになります。


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『かえるさん』

もしも・・・・・太陽が西暦2012年に4極構造になっていなければ、西暦2022年頃から天明系東北冷夏群が発生していたはずかもケロ。そして西暦2024年に暑夏を挟んで西暦2028年まで冷夏群となっていたはずだケロ

しかし・・・・現在は人類が未知の状況といえる4極構造の太陽活動が西暦2012年から始まっており、西暦2022年からの天明系東北冷夏群が始まるか分からないケロ。

しかし・・・・・・皆さんも検索してくれれば分かるけど、ツイッターなどのSNSにてハチク類の開花報告が届き始めているケロ。
 正村史朗氏の予測では、西暦2022~西暦2028年の間にハチク類の開花のピークが訪れるという予測をしているケロ。西暦2017年に開花の報告が上がりはじめているのは少し早いイメージはあるケロ。ただしハチク類の開花は各地で数年に渡りジワジワと開花していると思われるケロ。
 人類が未知の太陽活動4極時代と、それに連動した気候変動期に突入する訳だけれどもハチク類の開花が始まっているという事は・・・・・まもなく東北冷夏群が始まると覚悟しておくべき状況ケロ。検索して探ると西暦2012年頃から開花の報告が始まっているケロ。太陽が4極化した頃からになるケロ。

なお、参考にこちらの『第1図』がある程度形になったので仮公開しておくケロ。一度完成したと思っても数か月後に見ると客観視できて修正するなんて事は想定の範囲ケロ。なので我々の公開する全てのデータは常にカイゼンされると思ってケロ。だから数か月に一度は最新の更新をチェックして欲しいケロ。

※すでにアップデートされてるケロ。最新版に入れ替えてケロ。かなりよくなってきてるケロ。
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『第2図』も仮公開ケロ。この図が理解できたらかなりハイレベルだケロ。ただしジーっとしばらく眺めていれば雰囲気は理解できると思うケロ。こっちも日々アップデートされてるケロ。
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※こちらのブログにてより高解像度版を提供しているケロ
もぐらのもぐブログデータ倉庫※ココログサービス
http://mogura-no-mogu.cocolog-nifty.com/blog/

おそらく・・・・余程の専門家でないと理解不能だと思うケロ。詳しいアクセス者さんもいらっしゃると思うので理解できる方は参考にどうぞケロ。分からない人には追ってやさしい解説をする予定ケロ。アナウンスを待っていてケロ。今後のこの問題の記事で必ず登場するレベルの重要な図版ケロ。『第1図』と覚えておく事は必須ケロ。



第4章・念のために天明系東北冷夏群の再来について

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『ぱぱもぐ』

 この章では西暦2020年代の宮城県の気候を正村史朗氏の予測に基づいて考えてみましょう。

 太陽活動に約120年の法則があるという事は、地球の偏西風にも法則がある事になり、120年間のおおよその気候の様子が推測できる可能性があるという事でもあります。当然に、太陽活動には長期、超長期の推移法則があるでしょうし正村史朗氏と我々が察知し把握しているのは数十億年の太陽の歴史の中のたったの約300年程度の極めて限られた部分を知っただけです。そのように慎重な立場に立った上で・・・・・

 『かえるさん』が『規則正しい120年運行スケジュール』『その使いまわし』と表現しておりましたが、 もしも、近世約300年で確認された『運行スケジュールの使いまわし』が今後しばらく続いたら?という視点で考える必要はあるかと思います。という訳で、貴重な資料を公開してくださっている宮城県公式サイト。宮城県内で発生した、さかのぼれる限りの災害記録を1つのドキュメントにまとめて公開してくださっております。今回の研究においても大変貴重な情報となっております。そちらの情報と、正村史朗氏の書き残した東北地方を主とした過去の気候の様子も参考にして、西暦2020年代の宮城県の気候はどうなるのか?短期予測をしてみましょう。我々のいう短期とは10年程度のイメージです。

参考:宮城県公式サイト:宮城県災害年表
https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/299929.pdf


 私達もぐらのもぐ気候変動研究チームは正村史朗氏と同じ景色を見ていたので準備していた資料がそのまま役立ち助かっています。こちらは太陽黒点観測数と天明の飢饉前後の気候を記入したものです。
 
※現在エラーで拡大表示されません。原因調査中
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↓↓↓こちらも参考にしましょう。

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では、現状の把握をあらためて行いましょう。



宮城県の災害記録を基に考察しますので、宮城県の西暦2020年代の気候長期予測となります。


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☆宮城県西暦2020年代の気候☆
もしも太陽4極時代においても天明系東北冷夏群が法則通りに再来したら?
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さて。太陽変動の120年のスケジュールが西暦2021年に更新されます。
 すると同時に地球の偏西風の運行スケジュールも更新されます。西暦2021年からは『アルファ型太陽活動期』の運行が始まります。それは先ほどの『第1図』及び『第2図』にお目通しして頂ければ理解できるでしょう。


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参考として・・・正村史朗氏による西暦2015年の『やませ』の予測は外れ、2年後となり西暦2017年に発生しています。
 120年周期説は、頑なとまで言えるくらいに法則通りに進行しようとしているように見え、1年程度のズレは極めて稀であり、もしもズレでも次の120年で復帰している事があるのです。ですから今回の2年の遅れは極めて異例と言えます。

しかし・・・・・

 西暦2018年は異常な梅雨明けの早さであり東日本は雲が多い割には雨にはならないなど明らかに干ばつ傾向です。240年前の西暦1788年はどうなっていたか?宮城県の防災記録によると、梅雨期の干ばつ記録と『天候不順』との記録が残っています。その天候不順が何を意味しているのか分かりませんが・・・・・西暦2018年は誰の目から見ても確かに天候不順ではあります。120年周期法則が復帰しているとも受け取れます。
※封内(ふうだい)とは領内の事です。すなわち宮城県領内の事です。
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 西暦2022年。近世で確認できている偏西風の運行スケジュールでは偏西風が蛇行し始める不安定な6年が始まります。240年前の天明年間の偏西風蛇行は『天明の飢饉』が発生してしまいました。120年前の明治時代の偏西風蛇行では明治期の大凶作の年が発生しました。

と、その前に・・・・・

 まずサイクル24の最終局面となる西暦2020年は偏西風が蛇行し冷夏になるはずと正村史朗氏は予測しております。
 なお西暦2020年の240年前となる西暦1780年は冷夏となっております。宮城県災害記録の西暦1780年は「寒威冬の如し」との記載があります。東京オリンピックが西暦2020年です。運営委員や政府は猛暑対策を進めていますので真逆の事が起こるかもしれません。
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 天明系東北冷夏群が始まった西暦1782年の120年ジャスト後となる西暦1902年は『やませ』による冷夏がありましたが年初に興味深い事がありました。
 先ほども紹介しておりますが西暦1902年の1月に旭川市で日本の観測史上最低気温記録であり続ける-41℃を記録、同日に八甲田雪中行軍遭難事件が発生するなどしています。ですからそれから120年後となる西暦2022年の1月~2月は記録的な寒さになるかもしれません。その後西暦2022年夏季に『やませ』が発生。東北を主に冷夏に?もしもそうなれば天明系東北冷夏群の再来開始であり明治の東北冷夏群の再来開始かもしれません。
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↑↑↑↑西暦1902年の宮城県。これは明らかに『やませ』でしょう。なお天明系東北冷夏群の再来は東北地方の各県により影響が異なります。120年前の宮城県では天明系東北冷夏群の1年目から『やませ』の影響が強かったようです。

天明系東北冷夏群を6年で1セットすると、その1セットの中で深刻化する『やませ』は2回ほどでしょうか。それがどこで来るのか?120年周期を数度体験すればある程度予測できるようになるかもしれません。仮に・・・・・西暦2022年から天明系東北冷夏群が再来すれば西暦2028年までに2回ほど深刻化する『やませ』が発生するという事でしょう。偏西風の大きな蛇行が二度あるという事でしょう。ただし・・・宮城県より北に位置する東北各県はこの限りではありません。重ね重ねになりますが宮城県に焦点を合わせてこの章は進行しています。
 西暦2022年、もしくは西暦2023年のどちらかの『やませ』が深刻化し、西暦2024年は盛夏。そして西暦2025年が『やませ』深刻化?過去二回の偏西風の運行スケジュールという限られた情報から推察するとそのような事が起こりえるのでは?と考えます。西暦2026年~2028年は冷夏にはなりつつも正村史朗氏の言葉を引用すると上作、並作という収穫があるのだと思われます。

正村史朗氏の論文内でもありますが江戸時代そして明治時代に比較し現代では農業の発展や品種の改良があり、さらには緊急輸入という手段もありますから、天明年間のような大飢饉は発生しないと思われます。そこはビクビクしないようにしましょう。ただし現代は経済活動への影響が心配ですよね。景気の冷え込みというものです。そして過去の相対性論考で触れておりますが気候の変化が激しい時期になりますから心身の不調を訴える方が増えるかもしれません。先手で対策を考えるべきでしょう。

 さて。西暦2023年は記録によると驚くほどの干ばつ傾向の暖冬から始まるかもしれません。240年前の東北地方は驚くほどの暖冬の記録が残っています。そして・・・日本にとって忌まわしき西暦1783年の再来となりそれなりの『やませ』の影響が起こるかもしれません。さらに当時は浅間山噴火と複合し酷い大凶作になってしまいました。宮城県の災害記録の西暦1783年より抜粋。
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西暦1903年の天明系東北冷夏群の宮城県では、西暦1783年ほどの酷い状況にはなっておりません。岩手県はそれなりに影響があったようです。

西暦2024年に暑夏が訪れるかもしれません。その年は豊作となります。天明系東北冷夏群はそのようなセットになっているようです。西暦1784年は豊作となりましたが秋の稔りの前に食糧が枯渇しました。天明の飢饉の被害のピークは西暦1784年というのが定説です。
 参考としてですが、こちらの『天明飢饉之図・会津美里町所有』ですが、おそらくは写生(事物を現地で見たままに写しとる事)ではなく伝聞情報を基に描いたと思われる点がいくつかありますが、いわゆる人肉食の記録が描かれている絵画として有名です。
※一部をトリミングしてあります。全画面の絵を掲載する事は差し控えます。

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 この絵は大変暑そうな人民が描かれています。断定は出来ませんが西暦1784年の猛暑の最中の大飢饉の様子を描いているのかもしれません。これまでは地球寒冷化が原因で天明の飢饉が起きたと解説されてきた訳ですが、地球寒冷化で天明の飢饉が起きていたとはやはり思えませんね。ちなみに明治に天明系東北冷夏群が再来した時は西暦1904年に猛暑が120年後ジャストに再来しています。東北全体で豊作の年となったそうです。
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↑↑↑宮城県の防災記録の西暦1784年の様子も転載しておきます。


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↑↑↑↑そして西暦2025年~2028年まで4年連続の冷夏群となってしまうかもしれません。240年前の宮城県の災害記録はこのように残っています。ただし明治期の天明系東北冷夏群では特に深刻化したのが西暦1905年の『やませ』であり、西暦1906年~西暦1908年は天候不順ではあったようですが天明年間ほどでは無かったようです。正村史朗氏の資料によると西暦1906年は不作、西暦1907年は並作、西暦1908年は上作となっております。太陽黒点数が上昇するにつれ緩和するようですね。

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↑↑↑明治期の天明系東北冷夏群の再来は西暦1905年が深刻化していました。

くり返しますが、東北地方の冷夏の主因は『やませ』です。それは120年周期の前半60年のうちの3回の太陽活動極小期が絡んで東北冷夏群が再来する可能性があります。太陽磁力の変化が偏西風を蛇行させてオホーツク海高気圧を発達させ冷たい湿った風を吹き続かせます。冷害が発生してしまいます。そして低層雲が異常に発達し日照時間が激減・・・・・・・・太陽黒点観測数減少と雲発生の話は次の章でします。

【調査中】
東北、北海道の冷夏は一種型の冷夏、二種型の冷夏があると専門家の文献で解説されています。『やませ』が一種であり、北海道を主とした二種型冷夏と言われるものです。正村史朗氏はもしかすると・・・それらを類別できてないのでは・・・?と現時点で疑っております。すると天明系東北冷夏群の中に一種と二種が混在する可能性があるのか?調査完了次第それを反映させた追記修正を行います。

以上は、4極化しているけれども、120年周期法則に復帰しているという事を前提にした例です。この通りになるのかは現代の科学レベルでは断定できません。

西暦1950年代の記憶がある!というアクセス者さんはいらっしゃいますでしょうか?西暦1953年頃から冷夏が多かった記憶があるのではないでしょうか?それは天保系東北冷夏群の再来でした。その120年前に天保の飢饉が発生していました。西暦1953年の120年前────西暦1833年。東北地方では天保の飢饉もかなり深刻化していました。
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↑↑↑西暦1833年の記録。天保系東北冷夏群が再来した昭和時代は様々な事が向上していたので深刻な飢饉は発生しておりません。くり返しますが現代においては経済活動への影響が心配されます。洪水が多い時代になりますからもしも堤防を越えてきたら大損害です。インフラの被害、国民の財産の損失(家屋や自動車)などが発生し経済的影響が深刻化する事が考えられます。



⇒西暦2018年と240年前の気候が似ているような?(宮城県限定で話しております)
⇒太陽活動サイクルの『位相』は今のところ先行き不明だが西暦2022年付近で上昇の気配があれば天明系東北冷夏群系発動の条件をクリアする事になる。

大変悩ましい状況です。

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『かえるさん』

 太陽4極時代になり法則がどこまで異なるのか?分からないケロ。しかし本質的には太陽磁力の変動と気候が変動していく事には変わりなくそれなりに気候が大きく振れる時代になると思うケロ。120年振りに大凶作となる事もありえると思うケロ。
 しかし・・・・前向きなポイントとしては、以前は太陽の活動が低下すると『地球寒冷化』すると言われていたケロ。でも、こうやって事実が判明してくると、そういう実態とは異なりそうケロ。日本は太陽磁力の変動で偏西風が蛇行し冷夏になり易く、主食の白米の生産でたびたび被害に遭うという、世界の中でも特に被害に遭い易い国なのは事実だけれども、空輸などで迅速に緊急輸入できるからなんとかなると思うケロ。

 しかし、経済の成長が停滞する恐れがあるケロ。それは現在社会において血液が止まるくらいの大事件ケロ。さらには、現在地球人口は70億人を超えたケロ。そもそも世界規模の食糧難の時代が訪れると度々指摘されているケロ。そんな時代に輸入できるから大丈夫と呑気に構えていて良いのか?疑問ケロ。
 日本政府の安倍総理や官僚のオジサン達がこの問題にどこまで真剣なのか不安だけれども、国家レベルの災難となる可能性があるのは確かなので、必要以上に慌ててはいけないけど、でも、備えとは何か?常に考えておくべきだケロ。
 なにせ『南海トラフの巨大地震と津波』の発生が近いと指摘されているケロ。昇竜拳を喰らっている最中にそのまま竜巻旋風脚をお見舞いされるくらいピンチの時期になり兼ねないケロ。最大限の備えをしておいても損はないケロ。



第五章・もう一つの影響

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あらためてこちらを。
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 そもそも西暦2018年は太陽活動が低下している・・・・そんなニュースをインターネットなどで見かけているのではないでしょうか?
 それは上の図の通りなのですが現在は太陽活動の静寂期にあるので、西暦2018年現在は太陽黒点数が少ない状態にあります。
 
 次の太陽活動『サイクル25』は、全体的に黒点観測数が減ってしまうという指摘が多いのです。太陽4極化もその兆候では?と国立天文台とJAXAが会見で発表しています。

黒点が減少しても太陽光線の変動は0.1%以下であると常田教授、宮原ひろ子教授ら公表しています。

では偏西風の蛇行以外に目立って発生する事象は何か?というと・・・・・『宇宙線・うちゅうせん』と呼ばれる、宇宙を飛び交う高エネルギーの放射線が、太陽活動の静寂期に多く降り注いできてしまうのです。
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 そもそも、太陽活動は静寂期、活動期をくり返していますが、その静寂期には『宇宙線』の量が増えているのです。その変動量は約15%と宮原ひろ子教授が発表しています。

 さきほどのサイクル25の予測のように太陽黒点観測数がサイクル全体を通して少なくなってしまうと『宇宙線の量』が長期間に渡り増えてしまうという事です。

 では、ここで『かえるさん』にお願いします。

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『かえるさん』



『宇宙線の量』が増えるとどうなるのか?────


────『雲の量』が増えるケロ。



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出典元:NHKコズミックフロント 迫り来る太陽の危機 西暦2011年放送より

『宇宙線の量』が増えると・・・・・大気中の分子と衝突し、その分子がエネルギーを帯び、周囲の水分を吸着し始めて雲発生の元となってしまうケロ。そして太陽活動が静寂的な時期に『雲の量』が増えてしまうんだケロ。

そもそも太陽が元気だと磁力を周囲に強く張り出して、『宇宙線』の侵入を防いでいるケロ。しかし太陽の活動が弱まると磁力も弱まるので『宇宙線』の侵入量が増加してしまい『雲の量』が増えてしまうという事ケロ。これらの一連の事を『スベンスマルク効果』というケロ。

それじゃあ、ここでもう一回『ぱぱもぐ』に進行を戻すケロ

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『ぱぱもぐ』

 さてみなさん。お住まいの地域によりますが、西暦2018年は『雲の量』が多いような気がしていると思われます。夏なら強い日差しが届き多少の雲があっても猛暑になります。
 しかし・・・温度が低い時に『雲の量』が増えてしまうと、少々の温度低下がありえると思います。

 そして・・・・もぐらのもぐチームが考えているシナリオなのですが、『雲が発生し易い空間』に、宇宙線の通過量が増えると、尚更の事『雲の量』が増えてしまうはず。そんな当たり前な事に気付いたのです。
 雲が発生し辛いカラカラに乾いた空間よりも、適度に湿度がある『雲が発生し易い空間』にて宇宙線の通過量が増えると、より『雲の量』が増えてしまうのでは?という事です。

もう一度この図を
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※出典元:サンケイ

 太陽の磁力が変動し・・・・偏西風が蛇行し、このような状態になります。すると『やませ』が発生し、冷たい湿った風が吹いてきて、雲が多く発生してしまい、日照時間が減ってしまいより深刻的な冷夏となっていたのです。
 そして、過去の『やませ』の傾向を見ると、『宇宙線』の量が増えている時期の『やませ』はより『雲の量』が増えて、より日照時間が減りより深刻化している・・・そんな実態が分かってくるのです。
 太陽活動の静寂期付近にて『やませ』が深刻化している事、日照時間が減っている事は、過去の記録を見ればあからさまに分かるのです。それは『やませ』で発生する低層雲の量が関わっている事は明かでしょう。(霧のような空間も発生すると推察)ここでもまた太陽活動の影響が現れやすい事象なのが『やませ』なのです。(どう考えても『やませ』は太陽活動と気候を研究するうえで最もたるエグザンプル(実例))

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『かえるさん』

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出典元:仙台気象台
 この図を見てケロ。
『やませ』で冷たく湿った風が日本に吹きつけてくると、こんな風に雲が発生しているケロ。

その、湿度が溜まり込んでいる空間に宇宙線通過量が増えると、もっともっと雲が発生してしまうのだと考えられるケロ。霧や水蒸気のような空間も発生するケロ。『やませ』は冷たい風にばかり注目されるけど低層雲や霧が発生しビックリするほど日照時間が減ってしまう事は有名だし、怖いところケロ。
 世に存在する『やませ』に関する論文や参考文献を読み漁ったケロ。『やませ』の低層雲の上昇や日照時間の減少は火山噴火にあると結論づけるも、しかし、全ての深刻化した『やませ』では火山の噴火が起こっていた訳ではないし・・・・と困惑しつつも火山噴火と思うケロ!という解説や理解がなれてきているケロ。火山噴火の影響もあったかもしれないケロ。しかし世の中の出来事をあくまでも客観的かつ相対的に評価すると、太陽の磁力の変化が偏西風蛇行を呼び起こし、オホーツク海高気圧が張り出して『やませ』が発生し、日本上空でいくつかの条件が揃い、そこに宇宙線量通過量が上昇・・・・そして低層雲や霧のような空間がもくもく発生し、冷たい風は数週間に渡って吹き込んでくるし、日照時間は減少するし、合わせ技一本で稲はイチコロって事ケロ。

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『ぱぱもぐ』

その『雲が発生し易い空間』に、太陽活動が静寂的な時に宇宙線通過量が増えると『雲の量』が増えるという事が事実であれば────────極めて当たり前な理解なのですが────────例えば発達した前線付近や、台風付近など、お約束と言える『雲が発生し易い空間』においても『雲の量』が増えると常識的に考えられます。

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 例えばこちら。西暦2018年7月21日の様子です。宇宙線量が現在15%程度変動しているはずなのですが、全世界の全地域の空を雲が満たしている訳ではありません。雲がある空間、無い空間があります。すると『雲が発生しづらい空間』もあると考えられます。

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このグラフの2018年頃を見て頂くと現在ほぼ無黒点状態なのが分かります。

 『雲が発生し易い空間』において、スベンスマルク効果が高まる・・・・極めて当たり前な事なのでしょうが、その極めて当たり前な事を意識できるようになると、太陽活動低下時代の実態が明確に見えてくるはずです。そして、黒点の数がゼロになってもそれはあくまでも黒点数がゼロになっただけの話であり、無黒点の時期が続くという事は磁力の低下は進行すると考えられます。すると常識的に考えて宇宙線量がより上昇する事もありえるかと思います。それはつまりより『雲の量』が増えるという事です。

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 もう一度このグラフを。
この図において、『やませ』という冷たい湿った風が吹き込んでいる太平洋側は雲が発生し易くすなわちスベンスマルク効果も起きやすいという事です。日本海側はカラカラで『宇宙線の量』が増えても雲が発生し辛いという事であり、という事は、太陽磁力が弱まっている時期のスベンスマルク効果とは『雲が発生し易い空間』にて現れやすいと言えるのでしょう。これらの考察はこれまでの『もぐらのもぐ相対性論考』で何度も解説してきております。


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『かえるさん』
 もぐらのもぐチームは、今年の6月上旬にこんな事を発表していたケロ。「台風と梅雨前線が重なると物凄い豪雨が起こるかもしれない」「そんな状況なら太陽活動が元気な時期でも豪雨になりうる」「現在は無黒点。スベンスマルク効果でより雲量が上昇し大変な豪雨になるかもしれないから避難指示が出る前でも自主的に早々に非難すべき」とこのぶろぐから訴えてきていたケロ。
https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2018-06-09-sunspot

・・・・・・しかし、2018年西日本集中豪雨が発生し多くの人が逃げ遅れてしまったケロ・・・・。

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『ぱぱもぐ』
 スベンスマルク効果が原因で西日本集中豪雨の被害が増したという実証実験は為されておりません。しかし事実を基に常識的な考察をすれば起こり得る事なのです。太陽活動が静寂的な時期や、太陽活動が低下したままの時代には、豪雨や洪水の深刻化を恐れて早め早めの非難をしてください。
 なお、中世に太陽活動がしばらく低下していた時代には洪水が多かったと指摘されています。雲が絡んだ天災です。それはのちほどお知らせする『宮城県災害記録』にお目通し頂ければ分かるでしょう。そこには中世の小氷期なる期間において、地球が寒冷化していたような実態は残っていませんが、洪水や豪雨が多かった形跡が残っております。もちろん天明系東北冷夏群や天保系東北冷夏群などの東北冷夏群の到来時はそれなりに寒冷的になると常識的に考えられます。

 川遊びなどをしている時にこれまでの時代の常識的な理解を越える早さで溢れる可能性があります。早め早めの非難を自主的にしてください。豪雪が増える可能性があります。西暦2018年には豪雪のニュースが多かった事はみなさんも多く見聞きしたでしょう。あの『八甲田雪中行軍遭難事件』は太陽活動がほぼ極小期にありました。それまでの知見では予測しえなかった雲量上昇からの豪雪が発生し起こったと推察されます。現在の黒点の観測数はその頃並の少なさです。それも『雲が発生し易い空間』が絡んでいる天災です。
 現在行政は著しい気候変動に対応できていません。日本政府はCO2人為的温暖化を法制化し採用しているので、この問題を議題に上げる事すらしばらくは期待できないでしょう。すると・・・・国民間で防災意識を共有していくしかないのです。

ここでこの件を・・・・・
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 1645年頃から1700年頃まで著しく太陽黒点観測数が減った時代がありました。マウンダー極小期と呼ばれています。その時代にイギリスのテムズ川がたびたび凍結しました。その模様を写生したとして伝えられている絵画であり、地球寒冷化説主張者側はこの絵画を必ず引用し「地球が寒冷化していた!テムズ川が凍結していた!」と補足するのがお約束です。
 しかし、もぐらのもぐチームはこの絵画の空にこそ注意すべきと考えます。低層雲が多く描かれています。
 テムズ川凍結のワードでみなさんも検索してください。
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そこから2点を引用させて頂きました。どのテムズ川凍結の絵画も低層雲がかなり多い印象です。
昔の絵画ですから参考になるのか難しいところですが、地球寒冷化なるものが起きてテムズ川が凍結したと理解するよりも、イギリスの冬季は雲が多い事で知られていますから、すなわちイギリスの冬季は『雲が発生し易い空間』が発生し冬の間に長く維持されるので、マウンダー極小期に宇宙線の量が増えスベンスマルク効果が高まり日照時間が減少し、テムズ川が凍結してしまったのではないか?そう考えた方がより多くの事実を踏まえた客観的考察というものではないでしょうか?


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『かえるさん』

この件を参考に解説しておくケロ。
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 この太陽黒点観測数グラフは120年周期の1セットケロ。そしてこの前半は天明系東北冷夏群、天保系東北冷夏群といった冷害傾向の60年になっているケロそして後半の60年は干ばつ傾向となっているケロ。
 という事は・・・・西暦2018現在においては、西暦1961年から始まった干ばつ傾向となるベータ型太陽活動期が続いてきていたケロ。そして、地球温暖化している!なんて言い始めた人が現れたのは前半のアルファ型太陽活動期ではなく後半のベータ型太陽活動期だったケロ。
 なんでもかんでも地球の内部の出来事で理解しようという学者さんにすればベータ型太陽活動期はCO2人為的温暖化が進行していると考えてしまうのかもケロ。「昔は寒かったぞ!最近は冷害で大きな飢饉は起きていない!!地球が温暖化している!!昔は寒かったのに!!」なんてノリで言っている風潮があるから困るケロ。
 竹田恒泰氏の公式サイトにてCO2人為的温暖化に対する疑問を投げかける記事があるケロ。その記事にて西暦1970年頃より前には地球は寒冷化するとの空気が社会にあったとの事ケロ。確かにそれはあるケロ。古書店でアルファ型太陽活動期に発行されていた少年誌や図鑑などを読むと「地球が寒冷化するぞ!」という情報が散見さえるケロ。そんな事からアルファ型太陽活動期では寒冷的な気候ゆえ人民の間で将来地球は寒冷化するような気がしていた様子が伝わってくるケロ。
 アルファ型太陽活動期では寒冷化説が吹聴され、ベータ型太陽活動期では温暖化説が吹聴されるのかもしれないケロ。
 いつかまた未来のどこかでベータ型太陽活動期に入ったら「CO2で人為的温暖化が再び進行しているぞ!」と言いだす人が現れるかもケロ。「数十年前は冷害で凶作が多く起こっていたのに最近は起こらないぞ!CO2人為的温暖化が復活したのだ!」なんて空気が世界に広まりそうケロ。

 こんな風に120年周期説とはこの世界の中心となる真理なのであらゆる過去の出来事と整合性があるので色々想像して楽しんで欲しいケロ。あの事も!この事も!様々な近世史実の出来事がこの気候120年周期を中心に動いていたケロ。

 逆に考えれば今回の120年周期説+スベンスマルク効果を統合した『もぐらのもぐ相対性論考』を覆すのはかなり厳しいはず。天明の飢饉なんて起きてなかった!太陽黒点は誰かの落書きだった!明治期の凶作なんてなかった!『やませ』という自然現象は存在しなかった!体験した人の話は全部妄想!など史実を書き換えないと否定は出来ないケロ。真実とは様々な事と絡んでいるという事だケロ。ちなみに相対性論考のネーミングはアインシュタイン博士へのオマージュというやつだケロ。



正村史朗氏の論文より

「この事に今日の気象学者は気づいていない」

「異常気象なんて存在しない。法則通りに気候が推移していくだけ」



第六章・まとめ

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『かえるさん』

それじゃあまとめるケロ。

西暦2018において進行中の事、というテーマでまとめるケロ。

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①現在太陽活動はものすごく低い状態ケロ。宇宙線の量と雲の量が多くなる傾向ケロ。
②次のサイクル25において全体的に黒点観測数が減ってしまう可能性があるケロ。
③雲の量が増えて雲が絡んだ天災が増える傾向に向っているケロ。

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④西暦2012年に太陽が2極から4極に変動したケロ。※その後120年法則に乱れの可能性があるケロ。※実はこの件人類はよく理解できていないケロ。もしかすると120年周期の更新時に定期的に発生している可能性もあるケロ。西暦2012年の変動は120年周期説としては整合性がある展開ケロ。

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⑤西暦1700年代辺りからキッチリと120年単位で太陽活動の変動が起きていたケロ。
⑥太陽活動120年の法則に連動して地球では偏西風変動120年の運行スケジュールが存在していたケロ。しかもそれは使いまわされていたので、同じような気候が繰り返されていたケロ。
⑦しかし・・・・それはあくまでも太陽が2極の時の法則だったケロ。西暦2012年以降の4極化以降に太陽活動の変動法則と地球の気候変動の法則が同じままなのか保証はないし人類は未知の状況にあるケロ。※繰り返すけどそれは国立天文台、JAXAの見解を踏まえた考え方であり、我々としては120年法則の最後のサイクルで定期的に4極化しているのかな?と考えているケロ。
⑧竹は120年に一回開花するケロ。天明系東北冷夏群の前にハチク類が開花しているケロ。そして西暦2017はハチク類開花が話題になっていたケロ。ツイッターなどでハチク類の開花の報告が上がり始めているケロ。干ばつ傾向のベータ型太陽活動期が終わり、寒冷傾向のアルファ型太陽活動期と東北冷夏群の再来の予兆がそんなところにも現われてきているケロ(古くは西暦2012年頃から開花報告が始まっているケロ)
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⑨洪水や豪雨、豪雪、日照時間減少など『雲の量』が絡んだ天災に注意ケロ。
⑩以上をもってこれから来(きた)る時代を「地球寒冷化」とか「寒冷化」と表現するのは相応しくなく「天候不順の時代」と表現し伝え合うべきケロ。

まとめは以上ケロ。
 
 マウンダー極小期(西暦1640年頃~西暦1715年)にも磁場四極化が起きていたという指摘があるケロ(国立天文台、JAXAの共同会見の報道にて)。磁場四極化になると太陽の自転が遅れるとか1サイクルが長くなるという指摘があるケロ。その事は1サイクルが15年程度の長さになっていたとの事だから120年単位との整合性は崩れてないケロ。
 西暦2018年の異例の天候不順の理由は『ベータ型太陽活動周期からアルファ型活動周期への移行期にあるから変動が激しい』のかな?とかえるさん的には思うケロ。次回はそれを解説したいケロ。とにかく太陽磁場4極が注目のポイントケロ。我々的には120年周期と絡んでいると思わざるを得ないケロ。


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『たてもぐ』『よこもぐ』
「なるほど~!よく分かった!なんかさ、さいしょきいたとき、太陽さんと気候が関係あるなんてビックリしたけど、よく考えると当たり前な気がしてきた!もうなれた!」
「そうだね~!だってさ、理由があったほうがいいよね。いままでってデタラメに気候が変わっているのかと思っていたけど、太陽さんの磁力に合わせて変わっていたっていうのなら、そのほうがなっとくいくよ!」
「考えてもみれば、あんだけでっかい太陽さんが、陽射しだけ届けてくれていて、気候には全く関係が無いって考えちゃってたほうが不自然だよ」
「だよね~。逆にいえば太陽が地球の気候に影響を全く与えません!っていう証明がされていないのに、影響を受けてないって決めつけてたのが不思議だよ」

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『ままもぐ』
あらあら。子供は柔軟ね♪
まだまだ情報が少ないので予測は難しいのかもしれないわね。でも、太陽磁力変動の法則があって地球の気候はそれに合わせて変動しているというその『エッセンス』はほぼ間違いないかもしれないと思うわ。21世紀の初頭にそこに踏み込めたのは大きな成果かもしれないわね。うふふ。

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『ぱぱもぐ』

 太陽活動の研究もかなり長い時間行ってきまして、伝えるポイントなどもだいぶ慣れてきました。とはいえまだまだ上手な伝え方があるはず。今後もより良い伝え方を考え続けます。
 マウンダー極小期・・・・・日本において影響はそれほどでも無いのです・・・・その事を突き詰めていくと太陽活動の山と谷のメリハリが無い時代は偏西風の蛇行が落ち着きやすい?という理解になるのでしょうか・・・すると『太陽活動の低下』なるものが一概に悪であるとも言えないという事か・・・・?正村史朗氏はマウンダー極小期については言及していないのですが、我々もぐらのもぐチームとしては次のポイントはそこにあると考え始めております。そのポイントの探究、そして数式化。それを無くして究極の気象予報は行えません。

今回は意図的に東北地方に絞って考えました。世界の各地域によりその影響や発生する事象が異なるのでしょう。『やませ』ほど克明に残る事象はそうはないかもしれません。

そして・・・・前回も最後のまとめでこんな事を言ってしまいましたが・・・・もう一つ・・・・大変重要な発見をしてしまった可能性があります・・・・・もう一つ壮大な事実があるはずです。カンの良い方なら気付いているかもしれません。今回の説のおおよそは変わる事はありません。ある組織が発表しているデータを根拠にここまで話を進めてきましたが、そのデータは根拠が思いつきレベルなのでは・・・・という事です。すると・・・・・

いずれにしても次回にしましょう。


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『かえるさん』

 一つお願いがあるケロ。近世の天候に関する情報でおススメの文献があったら教えてほしいケロ。特に西暦1600年以降のものが必要ケロ。マウンダー極小期を特に研究したいケロ。もぐらのもぐチームでの現時点での理解ではマウンダー極小期って日本においてはそれほどでもないケロ・・・・・・。むしろ西暦1780年以降からの60年くらい────天明の飢饉や天保の飢饉のほうが凄まじかったケロ。その理由を追及すると西暦2020年代以降の法則に関する何かを発見できると思うケロ。極小期から極大期への距離(時間)はおおよそ決まっているから、そこへピョーンと飛び上がる時の角度と高さが偏西風の蛇行の進行に影響が無い訳がないケロ。数式が目の前におぼろげながら見えてきているケロ。それじゃあ、また発見があったら公開するケロ。

『さくしゃ』
 要はするに、地球の多くの出来事は太陽に影響を受けているという事です。朝や夜、春夏秋冬への影響は21世紀初頭において疑う人は皆無ですが、実は気候変動・・・・変動という言葉は不適切でしょうか?気候の推移も太陽がコントロールしてきていたという事でしょう。地震への影響や黒潮蛇行などの現象もどうやら太陽の影響を受けていると思われます。我々はその気づきにいち早く慣れてしまいまして、むしろそれが当たり前の感覚になってしまいました。太陽から影響を受けていないでどうやってそんな大きな自然現象が起きていたのか?そんなふうに達観するようになっております。皆さんも数日もすれば「そりゃそうだ!」と意識がシフトするでしょう。
 これまで太陽活動には○○年周期説というものが複数存在します。我々もぐらのもぐチームの120年説がユニークなところは、少なくとも東北地方の気候と相関があるという、より様々な事と整合性がある事です。他のポイントとは全くかみ合わないというのであれば困ったものですが、気が付けば気が付くほど多くの事象と整合性があるというのは自分たちでも驚いてしまいます。正村史朗氏もその言葉を数度用いております。太陽の4極化・・・・それまで120年周期説と整合性があるのには眩暈を覚えますが・・・・・

『間もなく~アルファ型太陽活動期が参ります。天明系東北冷夏群が始まりますので~十分備えてお待ちください~!』


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「またね~!!とにかく備えよう!」






おわり



 若き学生さんにコメントを残しておきます。我々は『やませ』と太陽活動を研究している最中に『正村史朗』氏と同じ景色を見るに至りました。太陽活動と気候を研究するに当たり『やませ』は最もたるエグザンプルだと推薦しておきます。そこを研究すべし。そこにはまだまだ未知の事が隠れているでしょう。そして・・・『正村史朗』氏は大凶作時に東北地方の農家さんが娘さんを売る人身売買の習慣に胸を痛めて長期予測に取り組んだ事が研究のモチベーションとなっておりました。我々は、世界中のママさん達が命を懸けて産んだ大切な子どもたちが『地球寒冷化』なるものが起こって飢えたりしたら大変だ!!なんとか真相究明をしたいと必死になって研究してきました。ですから『正村史朗』氏と我々は仲良しになれる人種なのだと思っています。研究では『純粋な動機』が実力以上のパワーや閃きを与えてくれるのかもしれません。この一連の研究や発表で自ら達には1円の利益も産んでいないというところが我々の研究のユニークなポイントです。


以下に参考文献等を掲載しておきます。

☆『太陽活動低下による人類への影響、その備えとは?もぐらのもぐ相対性論考』
https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2018-07-20-taiyoukatsudou-wakariyasuku
こちらの記事にてスベンスマルク効果や『やませ』について解説しております。
こちらの記事用の図版を制作中に『ひょっとして120年周期が!?』と気づいたのです。
ですからそちらの記事は正村氏の120年周期説を踏まえていません。120年周期の存在に気付く過程がその記事に残っています。ほんの少し前の事なのに、まだまだ甘いなと思わざるを得ません。
 そちらの記事のエッセンスを理解する事は大切だと思われます。
正村氏は西暦2005年までは消息が確認できております。スベンスマルク効果を
知っていたのかどうかわかりませんが、正村氏が言及していた様子はありません。

☆参考文献一覧。順番は雰囲気です。

太陽磁極の件はこちらの記事が客観的で参考になります。
一般社団法人 サイエンス・メディア・センター
http://smc-japan.org/?p=2757
太陽の磁極に異変が現れた際に国立天文台とJAXA常田教授らが公式会見を開いているケロ。その発表の中で西暦1840年付近と西暦1640年頃に発生していたとのコメントを出しているけど、それがいつまで続いていたのか?などなど続報がないからあくまでも参考にケロ。

西暦1640年頃といえば「マウンダー極小期」が始まる直前ケロ。西暦1840年頃と言えば中途半端な頃なので報道側の勘違いかもケロ。マウンダー極小期の直前に発生していたというのであればその後起こったこととの整合性があるので合理的な発表ケロ。参考にどうぞケロ。(『かえるさん』さんより)

☆こちらが『正村史朗』氏の論文です。ご高齢となり隙を見せてしまったのか・・・・かなり雑な編集です。首を傾げながら読み込むようです。正村史朗氏の失敗・・・・マーケティング用語でいう『製品と商品の違い』でいえば『製品』のまま販売し続けていた事もあるでしょう。いつまでも『商品化』しなかったので店頭で埃を被ってしまったのでしょう。
https://www.metsoc.jp/LINK/LongForc/Grosswetter/43.pdf

☆その論文は後世に残しておく価値ある研究と判断。利益がある訳ではありませんが常識的な判断を踏まえて再編集しております。
https://mogura-no-mogu.blog.so-net.ne.jp/2018-08-08-mr-masamura-paper
じわじわと作業しております。西暦2018年10月までには図版なども書き起こして完成させる予定です。用語が統一されていないなど伝わり易さを一切考慮せず書き殴ったかのような状態なので一苦労しています。しかし・・・インターネットが無い時代にこの閃きは天才以上のお方です。70年早い天才だったのかもしれません。伝える能力も磨いていればノーベル賞クラスの発見だったはず。ご自身で語られている通り東北地方の農業従事者のためにと純粋なお気持ちで研究開始されています。そういう野望は無かったのかも?きっと僕と本質が同じ人間だと思います。


☆過去1200 年間における太陽活動および宇宙線変動と気候変動との関わり 著者:宮原ひろ子教授
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jgeography/119/3/119_3_510/_pdf

☆宮城県公式サイト:宮城県災害年表
https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/299929.pdf

☆江戸時代からの飢饉と気候の関係 寺澤 泰氏・寺澤 正直氏(長野電波技術研究所)
http://www.i-apple.jp/thesis-pdf/200410edo.pdf

☆中世の温暖期と近世の小氷期における太陽活動と気候変動:東京大学宇宙線研究所 著者:宮原ひろ子助教(現在武蔵野美教授)
http://www.icrr.u-tokyo.ac.jp/~hmiya/Miyahara090414.pdf

☆やませ風時の気象的特質*一 特に日射量について一 佐々木信介教授 卜蔵建治(ぼくらたけはる)教授(弘前大学農学部)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/agrmet1943/26/3/26_3_143/_pdf

☆東北地方の冷害とくに「やませ」の発生と対策に関する知見の普及・教育 卜蔵建治教授
https://www.jstage.jst.go.jp/article/agrmet1943/48/2/48_2_187/_pdf

宮澤賢治の里より・「雨ニモマケズ手帳」の五庚申(その12)
https://blog.goo.ne.jp/suzukikeimori/e/e32c7e17c420c4aedf271007dbe56db5

『企画力』
著者:田坂広志教授

参考情報
10の行動規範 5・自分に厳しく、人に必要とされる長所を磨き続けること
発信者:本田佳祐氏

以上、日本の各学会の優れた学者さんの文献などがあり今回の論考が生まれました。
どの文献も分かりやすく秀逸な内容でした。


連絡先はもぐらのもぐサイトの方にてメールアドレスを公開しております。
ただし作者が現在闘病中の為連絡が遅れがちである事を事前にご報告させて頂きます。


最後までお目通しくださりありがとうございます。
制作途中の西暦1700年~現在までの太陽活動と『やませ』と注目すべき天災を記入したグラフをここに掲載しておきます。今後随時追記していきます。今回のものはあくまでもドラフトデータです。
このグラフを見るともう一つ壮大な秘密が隠れているような気がします。みなさんも同じ事に気付くでしょうか。

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これは断言できるでしょう。ある時ふらっと偏西風の蛇行が起こるのではなく、それは『ゴッドハートビート=太陽(神)の鼓動』により起きているという事です。21世紀の初頭にこのようなグラフが登場しました。これは人類にとって大きな一歩を記した瞬間でしょう。※じわじわ完成させます。現在50%レベル



1997年
ヘンリク・スベンスマルク教授
「太陽の磁力は地球の雲発生に影響を与えている」

2028年
ぱぱもぐ教授、かえるさん博士
「太陽の変動は地球の偏西風に影響を与えている」


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