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【ほぼ解明】地球寒冷化?ミニ氷河期?太陽活動低下&黒点減少とは何か?現在の様子・2018、さらに2019は?わかりやすく。 [太陽活動低下問題]

このぶろぐの広告は無料プラン利用の為にso-net社が表示させているものであり、広告収入はso-net社にあります。


※図版追加、より分かりやすく加筆あり。ご好評を頂いております。ありがとうございます。
※関連重要ワードで1位表示。日々アクセス数が増えております。アクセスありがとうございます。海外、特に北半球の高緯度地域のアクセス者さんもいらっしゃいます。在外邦人さんでしょうか。
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※グーグルアナリティクスより180日分のデータ・2018.11.4時点で約1万3千ページビュー・科学記事にてこの数字はアクセスが大変多いと評価できる



先に言っておきますが・・・・・
公開が遅れている『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||(第四作目)』よりも楽しめる記事かも!?m9(`・ω・´)っ
(庵野監督には申し訳ないですが・・・・)

日本史が大好き!そんな方なら尚更楽しめるでしょう。日本史は太陽活動と密接な関係があります。

西暦2019年にインターネット絵本もぐらのもぐ、そしてこのぶろぐは公開から10周年。
ちょいと早いですが10周年特別企画として気合を入れてみました。

それじゃあ、始めましょうか・・・・・・

世界に広がる洗脳から解放して差し上げましょう。

変身・・・・・ッ!

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『謎のライダー』

『もぐらのもぐ作者ぶろぐ』の『さくしゃ』がある病で療養(りょうよう)に入るとの事で、今回は俺がプレゼンテーションをリードする。

俺はあいつのように優しくはない。少々辛口でな・・・・・。いつもの調子とは異なる事を覚悟してくれ。真実を知るには無情でなければならない。研究は日常生活のように忖度(そんたく)など必要ないからな。

今日は

『太陽活動低下による地球寒冷化』

この件について分かりやすく解説する。


この問題に関して情報が錯(さく)そうしており、どの情報が本当か?分からないよな。

 世界各地のチビッ子やママさん達から太陽活動の低下による地球寒冷化を心配している声が多く届き、本格的に研究し始め間もなく1年。ようやく人類に向けて発表できるところまで辿りついた。

いつもの通り『ぱぱもぐ』そして『かえるさん』にプレゼンテーションしてもらおう。

『ぱぱもぐ』は、もぐらのもぐインターネット絵本の世界にて教授を務めている。
『かえるさん』は同じ世界で博士を務めている。
共にこの問題についてよく研究してくれているキャラクターだ。

俺たちは皆の味方だ。この研究は地球を救うためのヒーロー活動の一環だ。

さっそく始めるか・・・・・『ぱぱもぐ』そして『かえるさん』よろしく・・・・・。

先に言っておくが・・・・遅かれ早かれ、いずれ人類は滅びる。だから絶望のラストを迎えるような事になっても失望しないでくれ。勇気が無い者はここで立ち去って妄想世界に引きこもるのも良いだろう。どんな結論が待っていようと現実世界に生きる勇気がある者のみ残ってくれ。


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『ぱぱもぐ』

『謎のライダー』さん了解しました。

 みなさんこんにちは。『謎のライダー』さんは現実的で己に厳しいキャラクターです。それは人類を守り戦い抜いてきた戦士だからこその貫禄(かんろく)です。今回はいつもの『ゆるふわもぐらのもぐワールド』とトーンが異なりますが、人類にとって大変重要な話題となりますので、『謎のライダー』さんと一緒に進めるのは良い事だと思います。

まず、みなさんの中に存在する太陽活動低下による地球寒冷化に関する情報を一度忘れてください。ゼロから話していきます。




太陽の黒点(こくてん)の観測数について様々なニュースや噂が流れていますね。

そもそも黒点(こくてん)とは何か?そこから始めましょう。

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(C)SOHO・ESA・NASA
http://swc-legacy.nict.go.jp/sunspot/index.php
↑↑↑黒点の数は日々変動しています。小さな点に見えますが実際はとても大きなサイズです。

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出典元:NHKコズミックフロント・迫り来る太陽の異変
↑↑↑黒点は太陽内部の磁力線が飛び出した場所。この画像の青い線は磁力線のイメージであり実際には目に見えません。

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↑↑↑観測衛星「ひので」による典型的な黒点画像。(C)国立天文台/JAXA
『黒点とはすなわち、磁力線の断面』────NHKコズミックフロントの解説

黒点(すなわち磁力線の断面・以降省略)の数から太陽活動の多くを知る事が出来ます。

世間でよく言われている『太陽活動』とはこの黒点の数の増減を根拠にした話題です。

黒点が多い=太陽活動が活発
黒点が少ない、増えてこない=太陽活動が不活発

というわけです。

ここ10年程、黒点数の上昇に元気さがありません。さらには全く黒点が現れない無黒点(むこくてん)の日が増えてきました。今後どうなるのか?世界中で議論が続いております。

現時点での議論とは地球の平均気温の推移について。
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※正村氏資料より引用・1977※詳細は末尾にて
黒点観測数の増減と気温の変化の関係についてのグラフです。この図は西暦1960年代に制作されたもの。太陽活動と地球の気温の関係についての研究は半世紀以上前から始まっています。


さて

現在黒点観測数が減っており、地球が寒冷化するのでは?との議論が続いている訳ですが
国立天文台さん、JAXAさん2大組織が発表している情報内にも『寒冷化』という言葉が登場しています。※以降敬称略


太陽研究の世界的権威JAXA常田教授(つねたきょうじゅ)名義で公開されているPDF


※常田教授のプレゼンテーションは平易(へいい)で大変分かりやすいです。

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※太陽活動の活発さと地球の温度には相関があり、もしも太陽活動が不活発化すると地球の温度が下がるのでは?という図版。

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以上2点のスクリーンショットはこちらから引用
https://hinode.nao.ac.jp/uploads/2016/05/12/cd3e2cf889fac15f1f9e1595668921093a0e707c.pdf


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以上1点のスクリーンショットはこちらから引用
https://www.slideshare.net/isas_pr/20170826-79169914


もしも・・・・近い将来に、太陽活動が不活発化────────すなわち黒点観測数の減少が起こると、日本においては数℃くらい平均気温が下がる可能性について検討する内容がJAXA常田教授の発表用ドキュメントにもあります。

このように研究者による寒冷化問題(ないし地球寒冷化)の議論が存在するのは事実です。噂や俗説ではなく現実の出来事として議論されています。

そうは言っても氷河世界に包まれるような極端な話ではありません。国連関連組織の『IPCC(通称アイピーシーシー)』の調査では地球平均1度未満の温度低下(マウンダー極小期において・のちほど解説)だったとの事です。
 あくまでも小なりとも平均気温が下がるような可能性があるから国立天文台やJAXAは『寒冷化』という言葉を用いているのでしょう。当然ながら国立天文台やJAXAは地球の温度が下がるようだと解説していますが、生物が大量絶滅するとか氷河世界になるとかそんな事は言っておりません


最大の重要点は太陽活動の変動(黒点観測数の増減)で太陽光の変動は0.1%以下 という事です。
NHKコズミックフロント『迫り来る太陽の異変』の回において常田教授が出演し、「太陽光の変動はそういう数字なのでその点に関しては安心してください」と強調されていました。確かに西暦2018年は無黒点の日が多いですがびっくりするほどの猛暑となり太陽光が弱まっていると思えるような状況ではありませんでした。

※黒点の減少=太陽光線の減少が起こると勘違いしている情報が散見される。注意が必要。

平均気温が数度下がっても(繰り返しますが『IPCC』の数値では世界平均1度未満の低下・現代を中央値と考えている数字)、生物や人類が激減するような事は起こらないと思います。もちろんまったく影響がないという事は無いでしょうが、みなさんが夜も眠れないほど悩むようなこの世の終末的な状況にはならないとは言えるでしょう。
 稲などの品種改良が進んでいない時代であれば平均気温が少し下がっただけでも大きな減収となったでしょう。現代では様々な事が進化しています。過去に太陽活動が低下した時代(黒点が減少した時代)と比較する際には注意が必要です。


☆ポイント☆
※研究者の考える寒冷化、この問題に通じている方々の寒冷化とは、おおよそ1℃程度~未満の温度低下と認識している。


人類が激減するような主張をする学者さんもいますが、様々な学者さんがいらっしゃいます。目の前の事実を基に常識的な考え方ができる学者さんであれば人類激減などそんな事を考える事は無いでしょう。客観的な根拠がありません。
 黒点観測数が減少する時期が到来する事は数百年に一度程度の間隔です。ですから終末の日が訪れるような大袈裟な事ではありません。


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『謎のライダー』

なるほど・・・・科学データを前に常識的な考えができない頭がイカレた学者も中にはいるからな・・・・・。客観的根拠なく、人類が激減すると大袈裟に人民を脅かすそういう輩は悪の組織とみなす。ライダーキックで止めを刺す。

常識的な考え方ができる学者の見解では、もしも太陽活動が不活発的になっても少々の温度低下が起こるが人類絶滅は妄想レベルの話ってワケか・・・・。『IPCC』の数値では過去に太陽活動がしばらく低下した時代(マウンダー極小期)において世界平均で1度未満の低下だったと発表されているとの事だ。それは想像していたより安心出来る数値だった・・・・・。

良い子の皆はそこは安心してくれ。

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※正村氏資料より・1977※詳細は末尾で
中国の過去2000年間の気温変化など。少なくとも有史においては気温の変化は大きなものではない。


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『かえるさん』

みなさんこんにちはケロ。

西暦1970年代より以前には子供向けの図鑑(ずかん)などで『地球は寒冷化する』と解説されていた事が多かったという話は有名ケロ。西暦1970年代より前は東北地方で度々冷夏になったり凶作になったりして、地球が寒くなっていくのでは?という噂のようなものが人民の間に流れていたケロ。

さっき『ぱぱもぐ』が解説した 学者目線の寒冷化 とは別に・・・・

社会通念としての寒冷化

も存在するという事ケロ。社会通念(しゃかいつうねん)とは一般常識的と理解してOKケロ。

西暦1970年以前は地球が凍りついているイラスト入り解説など、扇情的で無責任な書籍があふれており、世界平均気温が数十℃も下がってしまい、東京において春夏秋冬すべての季節で氷河に包まれるとの解説もあったケロ。

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画像:新幹線や東京タワーが氷河に埋もれている扇状的なイラスト・某科学系図鑑より

大手出版社の図鑑ですらそんな扇情的な『地球寒冷化=氷河世界』という情報を乱発した為に、日本社会に『地球寒冷化=氷河世界』というイメージが広まってしまった以上、いくらインチキと言っても『社会通念としての地球寒冷化っていえば氷河世界』というイメージが根付いてしまった事は間違いないケロ。(日本社会での「社会通念」。世代により多少の違いがあると推察。各国でも多少の差があるとも推察されるケロ。以降での社会通念とは日本社会での話のことだケロ)

21世紀になり間もなく20年が経とうとしている現在において、国立天文台やJAXAが寒冷化するかも(1℃程度さがるかも)と、学者目線で発表をすると、それを聞いた人民が「まじか!!二大組織が地球が寒冷化するって言ってるぞ!氷河に包まれて人類の絶滅が起こるかも!!」と慌てふためいているのが現在の状況だと思われるケロ。
 人民側としては『学者さんのいう寒冷化(1℃なり小さな数値)』を正しく知る必要があり『社会通念としての地球寒冷化(氷河世界のイメージ)』は早々に忘れるべきケロ。


☆ポイント☆
・学者目線の寒冷化=おおよそ1℃程度~未満の温度低下と認識している。
・社会通念としての寒冷化(平均的な一般人の理解)=氷河世界のイメージ。昔のインチキ情報で洗脳されている

さらに・・・・

太陽活動が10年とか20年とか、そんな期間に渡って低下(黒点観測数が低く推移)する時期を『ミニ氷河期』なんて表現しているケロ。“氷河”なんて文字がドーンと入っているし、日本人(かつオジちゃんオバちゃんの世代)は子供の頃に見た図鑑において氷河に包まれていたイラストを繰り返し見させられたトラウマがあるし、寒冷化、ミニ氷河期なんて言葉を聞いたら腰を抜かしちゃうと思うケロ。「東京タワーや新幹線が氷河に埋もれる!」なんて風に図鑑の絵を思い出してガクブルしちゃうケロ。

いずれにしても太陽活動が少々不活発的な様子なのでおおよそ1℃程度~未満の温度低下の可能性があるのは事実ケロ。といっても太陽活動すなわち黒点の数は常に変動しているのでいつかまた活発的になるだろうし、いちいちビクビクしていたら大変ケロ。

状況が状況なので、国立天文台さんやJAXAさんは細心の注意を払って表現に注意してほしいかもケロ。悪気はなくても世間のオジちゃんオバちゃんが動揺する訳で、結果として世間を動揺させる表現が広報上適切かどうかはよく検討した方がいいケロ。昔にインチキ情報を氾濫(はんらん)させた出版社などが明かに悪いけどケロ。特に注意すべき用語ケロ。


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『謎のライダー』

・・・・なるほどな・・・・・・。世界が氷河世界に包まれるなど、明かに間違ったイメージとはいえ、『この日本では地球寒冷化(=氷河世界)のイメージがあり社会通念として定着してしまった』のは事実だ。・・・・。
 そんな考え方が広まっている世間に対して「寒冷化する」なんて表現を採用したら世間のオジちゃんオバちゃんは氷河世界の到来か!などと腰を抜かしてしまうのは間違いない・・・・。しかもそれが国立天文台やJAXAが「寒冷化する」と発表したら・・・・世間は理解が良いタイプばかりじゃないからな・・・・しっかり説明したとしても思いっきり勘違いするウッカリさんが少なくはないのが実状だ。

この『もぐらのもぐ作者ぶろぐ』には寒冷化の噂を聞きつけて心配で検索して来訪してくるアクセス者さんがかなり多い。国民間での動揺は決して小さくはない様子だ。これからの時代なおさら気を付けるべし、という事だろう。『寒冷化』という言葉がそもそも定義が曖昧であり、抽象的な言葉だと言える。本来なら受け取った各自により印象が異なる言葉を安易に用いるべきではないのかもしれない。それはこの問題に限らずと言える。

太陽活動と地球の気温は連動しているという事で、常に変動していると言える。寒冷傾向も温暖傾向もやがて変化するという事だ。寒冷化という言葉は恒久的な固定をイメージし兼ねない。必要以上の世間の動揺は『地球寒冷化』との表現の悪さから始まっているような気がするが・・・・

それじゃあ早速だが、この問題についての先導役である我々として尽くせるベストは・・・・以降では『1℃程度の寒冷化』と表記統一して世間の動揺を緩和させる具体策に打ってでるか。皆さんもSNSなどでこの話題に触れる際は『1℃程度の寒冷化』と意識して頂ければ・・・・具体的な数字が見えているのだから合計5文字増えてもそのメリットは絶大だ。学者さんによっては2℃程度、3℃程度と予測が変わる事だろうが、それは各自任意の数字を入れ替えればいい。
 もしくは・・・・『1℃程度の温度変化』という表現も良いだろう。無理に『寒冷化』という言葉を用いなくても良い。今回のプレゼンテーションでは主旨から照らして『1℃程度の寒冷化』と表記する事にする。



さて・・・・・

『1℃程度の寒冷化』の可能性があるとの事だが、世界が氷河に包まれるような寒冷化ってのは起こらないって事だな。

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↑↑↑現在の太陽活動すなわち黒点観測数についてだが・・・・・まずは西暦2018年現在もダラダラと続いているサイクル24から再確認しよう。
サイクル24は、サイクル23より目に見えて低くなった事で話題になった。太陽活動低下の兆しでは?と。ただし・・・・サイクル24の黒点観測数は最大値(極大期)で110程度を記録している。サイクル1からの最大値平均は110程度なのでサイクル24は決して低い値ではないが、西暦1960年以降の太陽活動が、ここ数百年の中で際立って活発的だったので、サイクル24がなおさら低く感じてしまいがちなのだろう。

サイクル24は西暦2022年頃まで続くはず・・・・と『ぱぱもぐ』から後ほど解説があるとの事だが、世間で言われているように、もしもサイクル25が目に見えて黒点観測数が減少すると上図版のように推移する可能性がある。上図版のようにサイクル24から50%ダウンとなればピーク(極大期)で黒点観測数が約50程度になる事は覚悟しておくべきなのか・・・・。ダルトン極小期と呼ばれる西暦1800年代初頭の太陽黒点数に似ているかもな。
 次の太陽活動期において黒点観測数がこんな風に減少しても・・・・危機が訪れはしないって事か・・・・・。それは安心した。
 ただし・・・・その頃、現在の品川区で積雪約2メートル(6尺超え)という極端な事が一度記録されているから(西暦1822年2月22日)、現代の世の中でそんな事が起こったら物流が1週間程度止まる事があるかもしれないから、そういう事態への議論は必要って事かもしれない。

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品川で積雪約2メートルというのは千年に1度あるかないか?という程度と思われる極端な例だがその時代は江戸で積雪が多かったという事だから首都高速がたびたび通行止めになるなど起こり得るのか・・・・西暦1812年の冬には隅田川が凍結した日があったそうだ。ここ数十年では発生しなかった冷害に注意だな。かつ、上図版の通り太陽活動の谷間(極小期付近)は特に寒冷的になるようだ。
参考としてだが江戸時代からしばらくの間、伝染病のコレラが流行し多くの人民が亡くなっているが日本でコレラが初めて流行したのが西暦1822年(品川で積雪約2メートルを記録した年)との事だ(注意・諸説あり)。西暦2018年は黒点観測数が谷間にあり、初頭に極端な寒波とインフルエンザの100年ぶりの猛威があった事が記憶に新しい。過去のインフルエンザなどの流行が必ずしも太陽活動の谷間で起きている訳ではないが、人類はその問題に対して研究が進んでいない。要注意ポイントではあるので参考程度の情報として聞き流しておいてくれ。※山のピーク(極大期)付近でインフルエンザの大流行が起こるのでは?との海外発の論文が過去に1本あり(あくまでも論文発表であり事実であるかは別の話)。ネイチャー誌1990年。極大期と極小期に注目という事か?


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太陽活動の極大期(C)国立天文台/JAXA 「ひので」による撮影 

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太陽活動の極小期(C)国立天文台/JAXA 「ひので」による撮影 

※極大期と極小期での太陽光の変動は0.1%以下であるとJAXA常田教授が明言。そこは注意だ。

さて。これで問題無し。といきたいところだが・・・







────────────しかし







『1℃程度の寒冷化』では人類の絶滅が起こらないというが・・・・・

インターネットでよく見かけるだろう?『江戸時代はミニ氷期(ただしくは小氷期)だった。地球寒冷化が進み飢饉が度々起こっていた』と?
地球寒冷化が進み東北地方を主に度々大凶作が起こり、大飢饉となり人口が激減したというのは近年における定説だ。異論を唱える者はいないだろう。

『天明の飢饉』は餓死者数最多となった大凶作期として有名だ。しかも大凶作期は長く続いた。全滅した集落もあるほどだ。約240年前の出来事であり記録がそれなりに残っている。
『天明の飢饉』の後に東北入りした旅行者の日記にはこんな事が書き残されている・・・・道端に人骨が散乱し、傾いた家の中にも人骨が散乱し、都で聞いている以上に惨状だった(高山彦九郎)・・・・と。それらは東北各県の公式コンテンツでも紹介されている・・・・・。大量の餓死者を弔った飢饉塚などの史跡が東北各地に残っている。

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天明飢饉之図・会津美里町教育委員会所蔵
『天明の飢饉』が記録されている絵画として有名だ。みなさんも書籍などで見かけた記憶があるかもしれない。過酷な飢饉を耐え忍ぶ民の様子が記録されている。画面中央の男性に注目────いわゆる人肉食の様子が描かれているとされている。地球寒冷化で大凶作が続きこのような状況下になったとの指摘に沿うのではなかろうか?

『天保の飢饉』も冷害により大飢饉が発生していた。各地の慰霊碑などにその惨状が記録されている。

それら証拠や史実の出来事を根拠に、東北で人口が激減するほどの『地球寒冷化』はしていたはずだ・・・・・江戸時代には地球寒冷化が起きていて、天明の飢饉や天保の飢饉が発生し、人民が極限の中を生き抜いた事は妄想世界の話ではないぞ?
 ミニ氷期なる時代が『1℃程度の寒冷化』だったら、そこまでの大飢饉は起こっていないはずだ・・・・。
文献によっては『天明の飢饉』の頃を第二小氷期と定義している。

それら史実の出来事を根拠に『筋が通っていない』そんなツッコミが溢(あふ)れかえるだろう・・・・・

ミニ氷河期が訪れ地球寒冷化した事により、長期に渡る大凶作が起こったのだと指摘するウェブサイトや書籍が多くある。

この事実に対し『ぱぱもぐ』『かえるさん』はどう説明する?


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『ぱぱもぐ』

そのような指摘は想定済みです。そして・・・・・客観的証拠を基にこのように返答しようと想定しておりました。

結論を先に言えば、「黒点観測数が減って1℃程度の平均気温低下が起こる事」と、「東北地方で度々大飢饉が発生していた事」を完全に分離して個別の問題として理解しなければなりません。

そもそも・・・・地球寒冷化が原因となり東北地方を主に度々飢饉が発生していた、というその解説や情報は『インチキ情報』なのです。

さきほどの『天明飢饉之図』ですが、もう一度見直してみてください。よく確認すると人々は大変暑そうな様子です。猛暑にも耐えているように見えます。この絵を見て『地球寒冷化』の風景だと思う人はいないでしょう。

『第二小氷期』なる定義については天候不順が続いた事を地球寒冷化と勘違いした上で生まれた造語でしょう。

では、それについて解説していきましょう。

【以降画像をクリック(タップ)すると拡大表示されます】

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※出典元・ベルギー王立天文台
↑↑↑↑観測された黒点数から月別平均値を算出し、グラフ化したものがこちらです。西暦1700年から西暦2018年の記録です。世界で公開されています。誤魔化しようがない70億人全人類が認める確たる客観的証拠と言えます。それを根拠にします。

ちなみに黒点観測は西暦1600年頃から。ですからデータは約400年分しかありません。太陽活動は数十億年以上続いてきております。約400年の観測歴は極めて限られております。しかも観測開始直後に黒点が極端に現れない期間が約70年ほど続いたのでベルギー王立天文台のグラフは西暦1700年からのものとなっています。その期間についてはこの後別の章にて。

この太陽黒点観測数グラフはこのように一本につなげて閲覧するものなのですが・・・・・
東北地方で起こっている『ある出来事』を根拠に120年ジャストで区切る事が出来るのです。


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↑↑↑西暦1780年~西暦1900年までの黒点観測数を抜き出しました。120年分です。いいですか?東北地方で起こっている『ある出来事』を根拠に120年分です。


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↑↑↑120年分のグラフに、さきほど『謎のライダー』さんが言っていた、東北地方の人口が激減した飢饉が発生した年や異常気象があった年を青く塗りつぶしました。赤く塗りつぶしている所はかんかん照りの干ばつがあった年です。

天明年間の『天明の飢饉』や天保年間の『天保の飢饉』など、史実の出来事なのでこのグラフに皆さんが書き込んでも同じものとなるはずです。史実の出来事ですから誤魔化しようがありません。70億人の全人類の皆さんが認めてくれる客観的証拠を記入しております。
※気候に関する情報元リンクは後ほど(宮城県公式サイト災害記録https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/299929.pdfなど)

『謎のライダー』さん、このデータに何か大きなミスはありますか?

「有名な飢饉が漏れなく記入されている。この通りだ。続けてくれ。」

はい。では続けましょう。



さて



東北地方は明治時代、昭和初期にも大凶作が起こり、東北地方の農村は貧困に悩み娘さんを花街に売るなどして人身売買して生活費をねん出した事は歴史に残る事実です。
明治、大正、昭和、平成時代の凶作期や天候不順だった特徴的な年も太陽活動グラフに記入しましょう。

1900-2020-touhoku-no-kikou-02.jpg
↑↑↑という訳で制作したのがこちらのグラフです。こちらも120年分です。

『謎のライダー』さん、これは史実に基づいた情報を記入したワケですが、何か問題点はありますか?

「明治、昭和の特に目立った冷害期がしっかりと記入されている。これで問題ない。続けてくれ」

はい。かしこまりました。では、続けましょう。





さっそくですが・・・・

出揃った二つの時代のデータを合体させてみましょう。





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↑↑↑このような結果になります。

ほぼ凶作期が重なるのです。


ほぼ同じタイミングで凶作期が120年後にも起きていた訳です・・・・という事は・・・・気候に典型パターンが存在し繰り返されていたという事でしょう・・・・しかも太陽活動と連動して。


太陽活動グラフと史実という客観的証拠を摺り合わせるとこんなグラフが浮かび上がってくるのです。120年で区切った事はユニークな発想ですが、世界中のどなたが制作してもこのグラフが完成するでしょう。
※皆さんが過去の天候不順期を検索して頂いてもこのような結果になるでしょう。一つの文献だけでは把握できません。多くの文献を突き合わせる必要があります。皆さんが裏取りする時は、最低でも50以上の文献やサイトを読み込むと大凡のイメージが掴めるでしょう。東北各県においても影響がやや異なります。このグラフは東北全体のイメージです。


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『謎のライダー』

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これは・・・・・・・・・・・。

明らかな客観的証拠を摺合(すりあわ)せたシンプルな発想だ。だからこその衝撃があるな。

さて。詳しく追っていくか。このような場合の鉄則はまずは疑う事だ。
120年周期の気候の典型パターンなど、常識的に考えて存在するワケが無いからな。

例えば近世最大の被害となった『天明の飢饉』は、約7年間続いた訳だが・・・・・・・それが120年後の明治時代に再来しているだと・・・・・・?

落ち着いて考えるか・・・・まず、『天明の飢饉』は西暦1782年~西暦1788年まで続いたというのが定説だ・・・・

明治時代の凶作期は西暦1902年~西暦1908年の期間だ。確かに120年後だ。その期間は・・・・・特に定まった呼び名はないが文献などでは『明治の凶冷群』とか『明治の凶作期』と名付けられている通り学者の間では天候不順が続いた期間としてよく知られている。
 「NHK朝の連続ドラマ・おしん」を俺は観た事がないが、まさにその明治期の凶作期から物語が始まると聞いた事があるぞ・・・・・西暦1902年からの凶作続きで東北地方の貧困が酷く、幼い娘を働きに出したという設定であり世界中が涙した伝説のドラマだ・・・・。その明治期の凶作期は『天明の飢饉』の再来だと言うのか?そんなバカな・・・・。
 ・・・・・それらの凶作期には共通点がある・・・・『天明の飢饉』も『明治期の凶作期』も3年目はなぜか盛夏であり、豊作で安心したと聞く。ところが・・・・・翌年からまた天候不順が続き、それでボロボロになったとも聞く・・・・・同じメカニズムの気候への影響で米や麦が収穫できなかったという事か?

・・・・先ほどの『天明飢饉之図』は3年目の猛暑の最中の飢饉が描かれているのかもしれないな(おそらくは現地で写生した絵ではなく伝聞情報を基に描いた“想像画”と思われる)・・・・

天候不順期の再来・・・・史実の出来事だからデータを誤魔化すなんて事は出来ないよな・・・・まあ、一回くらいであれば偶然だと言える。常識的に考え、これは偶然だと思うべきだ。

『天保の飢饉』は西暦1832年~1838年。『天保の飢饉』も人肉食の記録が残る過酷な大飢饉だった。3年目は猛暑だった。それが・・・西暦1953年~西暦1959年と、1年ズレてはいるが121年後に再来していた事になる・・・・天保年間と昭和の戦後では農業技術の大きな進歩があり、同じ天候不順が続いても『天保の飢饉』ほどの大凶作や大飢饉はもう起こりはしないが、ただ天候不順の期間が続いたのは間違いない事実だ。西暦1953年冷夏。西暦1954年の冷夏は気象庁の統計上戦後最も気温が低かったとされている。西暦1955年は猛暑。50年代の日本で最も暑い夏を記録。そして西暦1956年は冷夏。その前後で天候不順気味だった。

そういえば・・・・2年の天候不順、1年の猛暑なり盛夏、4年の天候不順という東北地方が大飢饉になる際の典型パターンがあると聞いた事がある。繰り返すが文献などでは『凶冷群』と名付けられていたりする。※必要以上に不安を煽りそうな用語なので以降では天候不順としておく
 『天明の飢饉』の系統も、『天保の飢饉』の系統も、天候不順7年セットの典型パターンが発生するという事になる。

『天明の飢饉』や『天保の飢饉』の期間や天候不順期は諸説あり、10年説や9年説などがある。しかし猛暑を1年挟む事は必ずであり、その猛暑が120年前と1年程度のズレというのがポイント

これも偶然だと思おう・・・・。これくらいの偶然ならよくあるとは言わないが、起こりえる事だ。


・・・・偶然はまだあるのか?

西暦1934年頃の東北の凶作でも農家の娘さんが人身売買された。そんな東北地方の困窮も二・二六事件発生の背景にあったというのは定説だ。
その120年前が文化年間西暦1814年付近の凶作期であり・・・さらにその120年前は・・・・江戸4大飢饉として有名な『元禄の飢饉』の西暦1695年頃の凶作期と整合性があるのか・・・・しかも凶作となった理由が似ているな・・・冷害か・・・・・・・偶然だと思うには・・・・。ただしこの系統は3~4年の天候不順が続く傾向があるので7年セットのパターンとは傾向が異なるようだ。

西暦1980年代は品種改良などがあり凶作にこそならなかったが冷夏が少なくは無い時代だった。その120年前は西暦1860年代。西暦1860年代は天候不順の年が度々あり大凶作も起こり幕末という事もあり大きな暴動に発展。討幕への流れが勢いづいた事は定説だ。『ぱぱもぐ』は120年周期の中の目立った天候不順期を示してきたが、その他地点においても整合性がある時期が存在するようだ・・・・・
※後ほど皆さんと一緒に宮城県公式サイト内のPDFデータなどを基に一緒に探ります。ぜひビックリして下さい。

東北地方では気候が繰り返しているという俗説があるにはあった・・・・。飢饉が定期的に発生しているとも。そのような俗説はインターネット上でも散見される。しかしこうして太陽活動グラフと重ね合せて詳細に調査し、浮かび上がってきた事は・・・・事実の出来事が断片的に広まっていたという事か?

史実に残る大飢饉や凶作期が『120年』という数字で繋がっている・・・・偶然であると斬り捨てられないレベルと言える・・・・。



太陽黒点の観測数が減少する事による『1℃程度の寒冷化』問題とは全く個別の問題として・・・・太陽活動の変動を原因とした、東北地方を主に天候不順の数年間が再来する120年単位の気候典型パターンが存在していたという事か???
※マウンダー極小期以降の限定的な記録において

悪の組織、ショッカーの仕業か・・・・・・!!(ガタッ


※より正しくは『ほぼ120年』。以降“ほぼ”を省略します。


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『かえるさん』

『謎のライダー』さん、落ち着いてケロ。そもそも『天明の飢饉』も『天保の飢饉』も、その期間の中で同じような異常気象が起きていたケロ。夏の付近にて『やませ』といって北東方向から冷たい湿った風が数週間以上も吹き続けてくる異常気象が東北地方で発生していたケロ。東北地方の冷夏といえば『やませ』が主因なんだケロ。※7年間ずっと『やませ』が続く訳ではないケロ
すると・・・・・稲は冷たい気候が苦手だからそんな極端な異常気象が起こったらイチコロなんだケロ。だから『天明の飢饉』や『天保の飢饉』は、『やませ』が絡んだ天候不順期なんだケロ。悪の組織ショッカーの陰謀ではないケロ。ましてや地球寒冷化が原因ではなく『やませ』などを原因とした冷夏で発生した大飢饉だったケロ。だって地球寒冷化していたら全世界で一斉に飢饉になるケロ?でもなってないケロ?

地球寒冷化が起こって、それらの大飢饉が発生していたという情報はネット上にも溢れているけれどそれは酷いデマとか嘘であり、よく調べれば『やませ』が絡んで起こっていたと分かるケロ。その天候不順の数年間の中で特に深刻化した冷夏は『やませ』と判明しているケロ。


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『謎のライダー』

・・・・・『やませ』
聞いた事があったがまさかこんな場所で聞くことになるとは思わなかったな・・・・・なぜ、それが120年周期でリピートされているんだ・・・・?時計で計ったかのように120年後だぞ?いったいどういう事だ?


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『ぱぱもぐ』


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↑↑↑こちらの黒点観測グラフをあらためて。みなさんもこちらをよく眺めてみてください。法則性があるような?ないような?このグラフを100年以上眺めていてもその答えは出ないと思います。


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↑↑↑『天明の飢饉』の系統は120年周期の中で特に凶冷と文献などで指摘されています。『天保の飢饉』の系統は2番目に凶冷であり、120年周期の中の60年目付近になります。その二つのイベントがあるサイクルの極大期を結んでみました。このラインを先ほどの太陽黒点グラフに重ねてみましょう。





心の準備は整いましたか?

では。衝撃の結果を──────







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↑↑↑いかがでしょうか?これまで知られていなかった『大・太陽活動期』の存在が浮かび上がってきます。この解釈、そしてこの図版は人類初のものになります。赤いラインは理想と思われる極大期を繋いでいる事にもなります。
 東北地方で度々発生してきた目立った天候不順期を太陽活動グラフに帰納(きのう)すると『大・太陽活動期』を浮かび上がらせる事が出来るのです。(そのような根拠がなくこのラインを引いても客観性がありません・さらにはポイントを設定出来ません)
各サイクル毎の太陽活動の変動と、120年周期の『大・太陽活動期』の変動も気候に影響があると考えられます。

前半がなぜ不安定気味なのか?『かえるさん』より解説します。


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『かえるさん』

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この図版の前半が乱れているのは『マウンダー極小期』という無黒点の日がとても多かった約70年から復帰し始めた時期だったからだと思われるケロ。そしてやっと復帰したと思ったら突如暴発(ぼうはつ)し、その反動で失速気味の期間があると考えてもいいかもしれないケロ。ちなみに失速しているように見える期間は『ダルトン極小期』と呼ばれているケロ。
 そんな事がありながら時間の進行と共に安定化しているように思えるケロ。西暦1900年からの『大・太陽活動期』は数百年ぶりに安定的だったと言えるのだと思うケロ。
 その暴発と反動からの失速が無ければもっと早い段階で目視のみで120年周期に気付いていたかもしれないケロ。太陽さんは大周期を悟らせないようにちょっとイタズラしてきたのかもしれないケロ。これまでマウンダー極小期は西暦1715年頃までとされていたけどこの図版を根拠にすれば西暦1723年頃までと少し延びることになるケロ。

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ちなみに西暦1900年から西暦2020年までの大太陽活動期を重ねて合成するとこんな結果ケロ。前半は暴発と思われる期間があるけど後半はシンクロ率を高めているケロ。この図版も人類初公開と思われるケロ。
※よく見るとかなり興味深い図版ケロ。補足コーナーでさらに考察しているケロ。

 NASAらは120年周期説に気付いていないから「これからどんどん太陽活動は下がり続けていくかも!」と焦っているけど、120年周期説で考えれば現在は『大・太陽活動期の切り替わり時期』であり、今後上昇するはずケロ。仮に次のサイクル25以降で下がってもいずれ上昇するケロ。世間の皆さんは静観した方がいいケロ。
 前回の120年周期の最終サイクルは無黒点の日が多かったのは記録に残っているし上の図版の通りケロ。次の『大・太陽活動期』への調整が入っていたように見えるケロ。なにせ少し早めに最終サイクルが終わりそうになるとダラダラと推移し120年という時間を合わせているようなんだケロ。120年の周期性を太陽さんが守ろうとしているように見えるケロ。

※JAXAが公開している資料でも西暦1901年~1902年は無黒点の日が多かった事が解説されているケロ JAXA-SP-08-018
https://repository.exst.jaxa.jp/dspace/bitstream/a-is/15417/1/64382018.pdf

 そして現在進行中のサイクル24も次の『大・太陽活動期』への調整としてダラダラと推移しており無黒点の日が多い可能性を否定できないケロ。これから数年に渡り無黒点の日が多くても焦る必要はないという事だと思うケロ。

 なお暴発しているように見えるいくつかのサイクルがあるけれども、暴発はしたけれども120年周期を守ろうとして、極端に短い期間で唐突に終了しているサイクルがあるのもポイントになるケロ。あてずっぽうに変動してきているように見えた太陽さんだけれども大周期に気づくと実はそれなりに周期性を守っているマジメさんだったのだと思うケロ。
 太陽さんの熱核融合(ねつかくゆうごう)活動はデジタル制御されている訳ではないのでものすごく整った法則性が永続する事はないけれどもおおよその周期性があるのは間違いないと言えるかもしれないケロ。

さてケロ。これらの事と気候との相関性についてになるケロ。

120年周期の始まりとなる最初のサイクル。そのサイクルが始まると『天明系東北冷夏群』が発生しているのが最大のポイントになるケロ。そして古い文献では最凶冷とされているケロ。
 ちなみに『大・太陽活動期の切り替わり時期』だった西暦1902年の1月25日に日本の観測記録上最低気温を記録(旭川-41℃)。その同日に『八甲田雪中行軍遭難事件』が発生。翌月となる西暦1902年2月にサイクルの切り替わり(極小期)があり、かつ、大太陽活動期も切り替わっていたと考えられるケロ。そして『天明系東北冷夏群』が再来し始めていたケロ。日本史の出来事とこの『大・太陽活動期』は密接な関係にあるケロ。


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『かえるさん』

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↑↑↑あらためてこちらのオーバービュー図版ケロ。

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※グラフの数値はウィキペディア当該エントリーより引用
↑↑↑そしてこちらは樹木の年輪内から測定した放射性炭素14濃度から推測される過去の太陽活動の様子ケロ。放射性炭素14グラフで振り返る『大・太陽活動期』の図版になるケロ。黒点の観測と樹木年輪内の放射性炭素14の測定は2大・太陽活動測定方法になるケロ。

いつから一連の事実が確認されるか?になるケロ。

放射性炭素14に頼った過去の太陽活動の様子から察すると、西暦1300年付近からオーバービュー図版のような高低差が顕著であり三角形的な『大・太陽活動期』になったかもしれないケロ。変動が激しくなった印象ケロ。
それより前はM字的な『大・太陽活動期』の時代等もあったように思えるケロ。なので120年の三角形的な『大・太陽活動期』が太古から続いてきたとは思えないし、いつまでも続くとは限らないと思われるけれども、少なくとも西暦1300年以降から現代までの『シューペーラー極小期』と『マウンダー極小期』以外の期間は120年の三角形的な『大・太陽活動期』が発生していたようだケロ。※まだ発表段階にないけれども約5000年前くらいまで遡った図版を制作中ケロ。古い時代は現代ほど120年周期が顕著ではない様子ケロ。最新の120年はかなり顕著。これで気づかないなんてウソというくらいケロ。最大で約1万年程遡れるはずケロ。より古い時代になるほど120年周期だったか?確証を持てないような気が。あくまでも現時点の私見ケロ。

そして近世以降に確認されている三角形的な『大・太陽活動期』においては、120年周期の最初のサイクルにて『天明系東北冷夏群』が発生するなど、それに対応した気候120年周期の典型パターンもあるのだと思われるケロ。そしてその120年周期の中で『やませ』が何度か発生しているケロ。

さらに上のレベルの『大・大・太陽活動期』があるか?などは不明。46億年も活動している太陽さんにさらなる上のレベルの周期性があっても驚く事では無いと思うケロ。

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『謎のライダー』


つまり。

だれでも入手できる一般知識や広く公開されている客観的証拠の摺合せの結果で、近世以降において太陽と気候の周期性を確認出来るという点については100万人中、99万人以上の人がおおよそ認めてくれるだろう。
 もっと古くから黒点観測が為されていればベストだが、情報が極めて限られている中で最大限の研究結果とは言えるだろう。


すると次の質問はこれがベストだろう。

二つほど教えてくれ・・・・・『やませ』って何者だ?そしてなぜ太陽活動の変動でそれが起こる?


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まず・・・・『やませ』を。
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出典元:サンケイ
『やませ』とは東北地方や東日本の冷夏の主因です。この図で言えば冷たく湿った風の事を『やませ』と呼びます。
こんな風に北方領土よりさらに向こう側で『オホーツク海高気圧』が大きく張り出してしまう事により、北海の冷たい海面上を吹き流れてきた『冷たく湿った風』が東方向から吹きづづけてきます。数週間以上こんな気圧配置になり、数週間以上も『冷たく湿った風』が吹き続けるのですから、たまったものではありません。そんな極端な事が起こるのですから、昔の人は記録にこう残します『気候冷陰・東方向から風続く・稲青立枯・大凶作』。あまりにも極端で特徴的なので過去の記録を追うと分かりやすく残っています。

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※画像は宮城県公式サイト・災害記録より。『天明の飢饉』の西暦1783年の様子。画像はトリミング加工されています。

現在調査中ですが『やませ』の中にもランクがあるようで過去の文献で大凶冷と指摘されていたクラスとなると江戸で七月に降雪記録が残っています。
『寒威冬の如し』との記録が残っているほどの『やませ』発生年も。
『天明系東北冷夏群』の『やませ』とその再来は深刻だったようです。その発生は約240年前そして約120年前。現在の世に生きている人で最凶冷クラスの『やませ』を体験した事が無い可能性があります。
※『天明の飢饉』においては浅間山大噴火(西暦1783年)も重なりより大飢饉に発展。
※西暦1615年の天候不順は『やませ』の可能性あり各地で七月に降雪記録あり・寛喜の飢饉の西暦1230年七月に東日本で降雪、降霜記録。『やませ』の可能性あり・天保系の約600年前であり7年天候不順パターンの可能性あり

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『かえるさん』

さらに・・・・・こっちも見てケロ
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出典元:現在確認中
偏西風が蛇行すると『オホーツク海高気圧』が張り出して『やませ』が発生し継続されるケロ。
過去に周期性が確認されているという事は・・・・太陽活動120年の典型パターンが存在し・・・・そのうちの何か所かのポイントにて、この図のようなイメージの偏西風の蛇行が起きるという事ケロ。『天明系東北冷夏群』にてどれくらいの蛇行が発生するのかは科学が進歩した時代に発生していないので詳細は不明ケロ。
 日本だからこそ被害を受けてきた『やませ』。しかしその記録があるからこそ日本で今回の発見がされ易いと言えるケロ。日本語以外の民族に一度も制圧される事なく単一民族として長く続いてきた国だからこそ断片的とはいえ古い気候の記録が同じ言語で残っていた・・・・全ての国で発見できる事実ではないといえるケロ。

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太陽の磁力変動が理由なのか?詳細は不明だけれども、太陽活動120年のうちのいくつかのポイントにて『偏西風の蛇行』⇒『オホーツク海高気圧の発達』⇒『やませ発生(冷たい湿った風)』⇒『東北地方にて極端な冷夏』という事が発生しているケロ。
 ほぼ120年で再来する周期性、太陽活動の変動パターンと一致するので『やませ』は太陽活動と連動している疑いが濃厚ケロ。すなわち太陽活動の変動が偏西風を蛇行させている・・・・そう考えるのが合理的理解ケロ。現在の科学での常識的な理解をすれば・・・・太陽から放射される帯電微粒子が大気に影響を与えているのかも?ケロ。詳細は不明ケロ。なので先入観を持たずに様々な事を検討すべきだと思うケロ。

ヒントとしては・・・
※太陽面爆発があると帯電微粒子が地球に達する四日くらい後に地中海周辺の雷雨の頻度が極大になる事が確認されている
※太陽面爆発があると三日後に太平洋東部で気圧の谷が深まるなどが確認されている
※帯電微粒子の電磁作用による地球の気候への影響が注目され始めている
西暦1977年・正村氏解説より※後ほどご紹介

こんな事が西暦1970年代に考えられていたケロ。

その後CO2人為的温暖化説が広まりこの問題の研究はほぼ進んでいないと思われるケロ。70年代にここまで分かっていたのに残念ケロ。



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↑↑↑
これは西暦1902年からの大太陽活動期における『やませ』発生の記録になるケロ。『天明系偏西風蛇行期』『天保系偏西風蛇行期』は特に目立った冷害になるけれどもその他の地点でも『やませ』は発生しているケロ。

★ここで仕切り直し★

『天明系東北冷夏群』 →以降は→ 『天明系偏西風蛇行期』

『天保系東北冷夏群』 →以降は→ 『天保系偏西風蛇行期』

と用語をチェンジするケロ。東北という言葉の印象を考慮した結果ケロ。

『大・太陽活動期』 →以降は→ 『大太陽活動期』

よろしくケロ。


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『謎のライダー』

ほほう・・・・

太陽の変動が偏西風蛇行を誘引していたという事か

という事は・・・・『やませ』だけでなく、猛暑や冷夏、暖冬や厳冬も太陽活動の変動から偏西風が蛇行し発生しているという理解にもなるな。近年はそれらは偏西風の蛇行から発生している事は社会通念知識になりつつある。そして偏西風蛇行の理由は詳細不明と考えられていた。

これまでそれらを『異常気象』として唐突に起こるものだと考えてきて、近年ではCO2が大気中に増えたことにより偏西風を蛇行させていると主張するグループもいるが、その主張でいえば現代に発生したCO2が120年前や240年前の偏西風蛇行期を起こしていたということにもなり、CO2が時空を超えて過去の偏西風も蛇行させていたと主張しているに等しい。(それはそれで面白いが。CO2の理解を深めればタイムマシンを開発できるということ・現在から未来だけでなく過去の気候をも壊すとてつもない害悪なものということになる)

太陽活動の変動が偏西風を蛇行させる・・・・この考え方には太陽活動のデータや史実と整合性がある・・・・・

『大太陽活動期』は現時点で考えられる気候に関する最上位となる事象であり、それを始点に様々な事象が発生しているのかもしれないな。

ところで・・・・


この『120年周期典型パターン説』をどこで聞いた?どこで入手した?グーグル検索しても1件もヒットしないぞ?ましてや世界各国の研究機関ですら気付いていないこんな事実を?


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『たてもぐ』『よこもぐ』

『謎のライダー』さん、やっほー!あのね、『ぱぱ』と『かえるさん』が太陽活動と気候変動について研究していたら、どうも『やませ』は太陽活動と関係があると気づき、『やませ』を太陽活動グラフとセットでグラフ化し始めたら120年周期の法則に気付いたんだってさ!
 でね、他にも誰か発表しているはず・・・・・と、『やませ』で論文検索し、ヒットしたものは全部読破していったら・・・・・・『正村史朗』さんが西暦1950年代に発表していたんだって!やっぱりそのオジサンも『やませ』と太陽活動を絡めて研究していて120年法則に気付いたんだってさ!

はい。これだよ

つ『正村史朗発表原稿』(2005年8月発表バージョン)

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『謎のライダー』

おお、いい子達だ。ありがとう。(なでなでもふもふ)

それじゃあ、ちょっとその原稿を見せてくれ・・・・・・ふむ・・・・・なるほど・・・・・ふむふむ・・・・・・・・承知した。

「それじゃ『謎のライダー』さん、またね~!!」

ワープロでタイピングした紙をスキャニングし画像データとして公開してあった原稿だったのか・・・・テキストデータではないから検索にヒットしないな・・・・


『正村史朗』氏には申し訳ないが・・・・・・・・
何やら・・・・個性的というのか・・・・学術論文というようなものではなく・・・・独特な雰囲気だな・・・・一般常識というものを理解できる人であればこの独特さに違和感を覚えるだろう・・・・

このような場合は冷静かつ客観的になる為に距離を置かねばならない事は鉄則だ。時を越えて『正村史朗』氏と仲良しになって一緒に盛り上がってしまうようなタイプは研究や分析には向いていないという事だからな。情を捨て去りひたすらに客観的にならなければ務まらない職務だ。お会いすればユニークで話しが楽しいタイプだろう。是非お会いしたい。

そう心から思いつつ、個性的な文面だ・・・・特徴的過ぎるといえる。そして・・・・極端過ぎるな・・・・うーん。

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まずは経歴。
『正村史朗・まさむらしろう』氏・・・・1927年名古屋生まれ。京都大学院卒。なかなかのエリートだ。しかも太陽活動と気候変動120年説は当時の読売新聞、中部新聞などに掲載されていた過去があるのか・・・・・西暦1979年頃は名古屋市南図書館館長を務めていらっしゃる。状況から推察するに27歳頃に撮影されたようだ。西暦2005年の発表会への参加を最後に現在消息不明か・・・・

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・読売新聞:西暦1954年昭和29年6月15日号
・中部日本新聞:西暦1955年昭和30年8月21日号
※共に太陽活動120年周期と気候120年周期について解説する内容

『正村史朗』氏の閃きは天才レベルである事は間違いないが、120年周期を基に様々な事を閃いたようだがそれらは距離を置いて読み込む必要がある。
西暦1970年代から太陽活動120年説をベースに地震予知に研究をシフト。地震予知に関する著書を数冊発行している事までが分かっている。名古屋出身との事で『南海トラフ地震』の大予言を行うもそれら予言を外してしまった事により評価を落としてしまった可能性がある・・・・。『正村史朗』氏は法則性を発見しそれに基づき予言し、的中させる事に強いコダワリを持っていたようだ。太陽活動と気候活動の相関については確たる客観的証拠が存在するも地震予知となると先走り過ぎとしか評価できない・・・・。思い込みがかなり激しい様子だ。地震予知を大々的に断定形で行いしかも全て外したとなれば評価失墜程度で済めば良い方だ。予言を基に転居したり、事業の見直しをしたり振り回された人は少なくは無いだろう。訴訟を起こされてもやむなしという状況だ・・・・・大預言を外した事により表舞台から去ったのではなかろうか。東海地方に住んでいて『南海トラフの大予言を外した男』という以上の汚名は存在しないだろう・・・・。
 太陽活動の研究はビジネス化する事は難しかったが地震予知を絡めて書籍化するビジネスモデルはそれなりに成功し数冊の著書を発行する事となったのだろう・・・・。西暦1990年代前半まで出版されていたようだ。科学は波風を立てる発表の方がビジネス化し易いとはよく云われるものだ。

気候120年周期説に集中し、一つの説を丁寧に編集し発表し続けるべきだったのだろう。

この説は発見する事自体はさほどの労力は必要ないだろう・・・・・この問題を研究し始めれば、どんな入口から入ろうと必ずや『天明の飢饉』や『天保の飢饉』の寒冷的な期間の謎に辿りつき、『やませ』を知り、周期性に気付く事になるはずだ。そして当然に太陽活動グラフと摺合せ始める事だろう。必ずや通る道。必ず辿りつく景色。
 この壮大な発見を世間に伝え社会通念として認知して頂く事のほうが難儀であろう事は十分に推察される・・・・。

【重要ポイント】
『正村史朗』氏による120年説と『もぐらのもぐチーム』による120年説はどこが違うのか?

東北地方の目立った天候不順期を帰納した結果、太陽活動に120年の周期が存在するのではないか?という説の骨子は共に同じ。「それがどうして起こっているのか?・何が予測されるのか?」その理解は全く異なる。

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↑↑↑参考:こちらは『正村史朗』氏による120年周期の太陽活動の理解(2005.8発表用原稿より)。大太陽活動期についての言及は一切無し。アルファ周期ベータ周期という概念が登場。
 この120年周期は太古より続いてきており今後も続く。「1年のずれさえ極めて希な、驚くほど正確な気候変動の120年周期法則の発見」「数十年前、数百年前から気候を予測可」と断言。そしてそれを元に巨大地震も予測できると断言している説。法則性への強いコダワリが溢れている。
 様々なポイントが主観に基づいた独自の解釈といえ『正村史朗』氏にお会いし尋ねないと詳細不明。一部の事は史実を根拠にしているが、読み込む際はかなり極端な内容で注意が必要。※この図の中にも大きな錯誤が確認される。そして最大の勘違いだったはず・・・・


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↑↑↑参考:こちらはもぐらのもぐ説。そもそも太陽活動に大周期があり、各サイクルの活動だけなく大太陽活動期の変動も偏西風などに影響を与えているのではないか。そこに気づくと史実の出来事とより整合性を確認できる。
 近世からの記録で大太陽活動期と思われる存在を確認できるがそれ以上の事は推測の域を出ない。ただし現在確認されている三角形的な大太陽活動期の典型パターンが繰り返されるなら似たような気候が繰り返される事にはなろうかと思われる。あくまでも常識的理解に徹している。という説。
(おそらくは・・・・黒点という目に見えるものではなく、太陽の内なる現象が気候に影響を与えているのではないか?上の図版を見ているとそんな事にも気づくと思います。黒点観測数は目安であり、内なる現象に120年周期があるのでは?)

※冒頭のグラフは正村氏資料より引用。天明年間、明治年間の東北の気候グラフは正村氏資料をベースに加筆。客観性が確認できたデータを一部共有させて頂いている。

※『正村史朗』氏の特徴的な精神傾向はDSM-Ⅳの“ある定義”が参考になるかもしれない(最新のDSM-5では一つの定義に集約。※5から数字表記)。法則性へのコダワリ、独善的な様子、主観と客観が曖昧な様子、自分にとって都合が悪い事を一切無視する様子、思い込みが激しい様子、物事の細部に注意が向いてしまい全体像視点を見失いがち、それらの症状ゆえ物事の全体像をイメージできなく物事のごく一部に注意が向いてしまい自分に都合の良い事だけに注意が向いてしまい時に荒唐無稽な世界をアウトプットしてしまう。そんな、ある定義の典型といえる傾向を見抜けないであろう未成年者等が目を通すのは危険かもしれない。
 そんな事が常識的な見地から考えられるので『正村史朗』氏の発表原稿へのリンクをここに設定する事は見送る事とする。精神医学的な見地で『正村史朗』氏の原稿を読み込み取捨選択出来ないと混乱すると思われる。それを承知した方は当記事補足資料コーナーにて。
 そんな事情があり周囲が困惑するなど結果として凍結状態となり今回再注目されるまで時間が過ぎてきたのではなかろうか。結果として研究が遅れてしまったのか。曰く付きの映画『不都合な真実』や当該発表原稿は悪意ある捏造ではなく精神傾向ゆえの盲信という事なのだと思われる。
(アル・ゴア氏はASD傾向を指摘されているセレブの一人。リストアップする専門サイトが複数ある・映画『不都合な真実』は客観性の著しい欠如を世界中から指摘されている・科学界と話が平行線。精神医学界に議論の場を移すべき?)

※インターネットにて『正村史朗』氏が発表した情報を入手しようとすると2005年8月の発表原稿になる。しかしその原稿は著しく難解(支離滅裂とも言える)。
 過去に出版されていた氏の各著書は地震予知に関するタイトルになっているが太陽と気候120年説は必ず紹介されている。それらは大手出版社が編集に介入しているので一定以上の質にまとまっている。もしも『正村史朗』氏の原文に興味を持たれたら古書店などで著書を入手されることをお勧めする。2005年8月の発表会は予算や協力がなくご自身で編集されたのではと推察。そんな事情があり精神傾向がダイレクトに現れているのではなかろうか。他人にわかり易くまとめるということが極端に苦手だったのではと推察される。
 2005年8月の発表原稿では地震予知について一切触れていなく、気候をピタリと予測できるとコダわり連呼しているのは、地震予知を全て外したトラウマの現われではなかろうか。
 出版されていた著書を数種入手したが・・・・『巨大地震はいつ?』がよくまとまっている。ただし極少数発行と思われる。

※『正村史朗』氏は120年周期説を基に巨大地震の予測を行い結果として全て外してしまったが、世間を騙して著作を販売し利益を得ようとの悪意は無かったはず。純粋な方である事は解説から伝わってくる。極端になりがちな精神傾向ゆえの事だったのでは。このような厳しい評価は大変心苦しいけれども真実に迫る為に避けられない事。『正村史郎』氏、本当に申し訳ない。しかし伝説級の飛び抜けた天才である事には変わりない。インターネットが無い時代にこの事実の本質について早々に気づいたことに驚嘆する。東北地方が『やませ』発生の度に娘さんを売る習慣に胸を痛め長期予測できないかと立ち上がったとの事。我々は当該問題について真相を究明しママさんやチビっ子達が安心できるようにと研究開始。その過程で『やませ』に興味を持った。同じような志でこの事実に到達した。※アル・ゴア氏も悪意はないはず。世界中からや周囲から客観性について猛ツッコミされる事は、ある定義の精神傾向の方にありがちな典型的な衝突事例。


【重要ポイント終わり】


さて

太陽黒点観測の歴史は短くサンプルが少ないが・・・・限られた情報とはいえ、その中で太陽活動120年の典型パターンが存在し、それに従い偏西風が蛇行して『やませ』が発生していた気候の120年典型パターンが存在する事は、間違いや妄想とは言えないな・・・・否定しようとすると史実の出来事をも否定する事となる・・・・。


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『ぱぱもぐ』

120年周期で訪れる『天明系偏西風蛇行期』の再来ですが・・・・前回の発生から120年後というと・・・・・次の再来について予測できそうな気がします。前回の発生は西暦1902年~西暦1908年でした。

もちろん近世に確認された典型パターンが再来するとは限りません。もしも・・・・再来するとすればという前提になりますが。

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『謎のライダー』

前回は・・・・西暦1902年~西暦1908年の間に発生した。という事は・・・・・・

西暦2022年から西暦2028年!?

・・・・もう間もなくという事になるな・・・・『天明系偏西風蛇行期』は現在確認できている120年周期の大太陽活動期において『最凶冷』と思われる期間・・・・。西暦2024年付近に猛暑。それを挟むように冷夏等が発生する事に・・・・?

『天明の飢饉』や明治期の再来ではその数年前から天候不順が続いていたという・・・・西暦2018年は言うまでもなく天候不順。すでに再来が始まっていると考える事も出来るな。なにせ西暦2017年も軽度の『やませ』や厳冬だったしな。解説を分かりやすくする為に飢饉の期間を根拠に『7年の天候不順』という定義を用いたが大飢饉の前後を含めて10年以上の天候不順が続いていたのは史実の出来事だからな・・・・


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『かえるさん』

この件も伝えておくケロ
『竹・たけ』は120年毎に開花しては枯れて、命の更新をしているケロ。それは有名な話ケロ。

そして・・・『竹』は2種類の系統に分かれるケロ。『ハチク類』と『マダケ類』ケロ。

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竹の開花記録を遡ると谷底付近でハチク類が開花。『享保系猛暑偏西風蛇行期』付近でマダケ類が開花しているように思えるケロ。※諸外国の事は現在未調査ケロ。
 『正村史朗』氏としては、『天明系偏西風蛇行期』と『享保系猛暑偏西風蛇行期』という過酷なイベントを乗り越える為に竹は120年周期で開花すると断言してしまっているケロ。断言するには竹の生態の更なる研究の必要があり、あくまでも興味深いポイントだという程度で聞き流してケロ。
※関連性は不明:ハリケーンについて。西暦1780年の『グレートハリケーン』西暦1900年の『ガルベストンハリケーン』は古い記録の中において強烈な大きさだったと特に有名ケロ(それぞれ発生地域、被害地域が異なる)。西暦2020年にも記録的なハリケーンが発生するのか注目ケロ。
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起こらないほうがいいけどケロ。

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『謎のライダー』

間もなく『天明系偏西風蛇行期』の再来があるという事であれば・・・・ハチク類の開花が起こり始めているという事か・・・・・?グーグル検索してみるか・・・・・。

ふむ・・・・・・なるほど・・・・・・・。

確かに『ハチク類開花』のニュースが数多くSNSなどで発信されている。西暦2014年頃から報告が始まり西暦2017年はかなりの報告が上がっている。しかも伝承では「竹の開花は凶兆」との事・・・・。
 東北地方の気候が繰り返されているのでは?との俗説にしろ、竹の開花が凶兆との俗説にしろ、全く根拠が無いものではないのかもしれないな・・・・。


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『かえるさん』

これも見てケロ
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↑↑↑『正村史朗』氏の解説によると前半60年は寒冷傾向。後半60年は干ばつ・豪雨傾向ケロ。だからこの記事を見ているほとんどの人が、後半60年の干ばつ・豪雨傾向に生きてきたケロ。
 それで東北地方にて大きな大凶作がしばらく起きてないし、もはや昔話のような思いでそれらを振り返っていたケロ。さらに、ここ60年は太陽の活動が活発的だったケロ。干ばつ傾向+太陽活動が活発であり、温暖的な気候になっていたのだと思うケロ。そして間もなく新120年のスタート地点に戻るのかもしれないケロ。「昔はこんな気候じゃなかった」と語るには120年以上生きていないと言えないセリフって事ケロ。

「天明年間って冷夏多かったよね」
「うんうん。明治に似たような冷夏続いたし」
「平成終わるけどあの頃と気候が似てる気がするわ」
「800年前の養和年間もこんな気候だったよな」

これくらい長生きしてる人でないと過去の気候と比べて語れないって事になるケロ。
数十年前の気候と比較し暑くなった寒くなった、気候が壊れたと語るのは太陽さんに笑われるケロ。
少なくとも120年前と比較する必要があると思われるケロヨン。




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休憩タイム。もう少し続きます。
( *´ސު`*)

以降では・・・・なんと・・・・あの『マウンダー極小期』の実態に迫ります。
地球寒冷化が起きて人口激減した70年と言わるその時期に何が?
『ぱぱもぐ』『かえるさん』から語られることは何か・・・・!?

衝撃のラストへ・・・・


続きは別ページに移動しました・・・・・
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